事件前夜

主に映画の感想を書いていきます。

ジム・カミングス『サンダーロード』

ジム・カミングスが監督・脚本・編集・音楽・主演を1人でこなした本作は、2016年のサンダンス映画祭でグランプリを受賞した他、様々な映画祭で高い評価を受けた。メジャーな映画会社が周到なマーケティングと大規模な資金の投入によって、ブロックバスター映画に投機し続ける中、本作の様な「インディペンデント映画」の良作が数多く作られる様になり、無視できない潮流となっている。もちろん、大資本に依存しない自主映画はずっと以前から作られてきた訳だが、テクノロジーの発達によって映画製作の垣根が下がり、またサブスクリプションサービスや動画共有サイトの登場によって、これまで映画が堅持してきた「興行」という側面が大きく揺らぎ始めた現在、「インディペンデント映画」は質的にも量的にも新たなピークを迎えていると言えるだろう。本作もそうした流れの中で生まれた作品と言える。
ジム・カミングスが監督、脚本や主演だけでなく、音楽や編集まで兼任したのは、人的リソースをそこまで避けないという経済的な事情と、作品のありとあらゆる面を自らコントロールしたい、というインディーズ精神によるものだろう。特に、この映画は後者の側面が非常に強く、それはテキサス州の警察官である主人公ジムが、母親の葬儀でスピーチを行う冒頭場面に顕著に示されている。スピーチの内容が常識的な喪主の挨拶から徐々に逸脱し始め、挙句の果てには生前の母親が好きだったブルース・スプリングスティーンの「涙のサンダーロード」を娘のラジカセで流そうとするが故障していて上手くいかず、仕方なく泣きながら奇妙なダンスを踊り続ける男の姿をワンシーン・ワンカットで捉えたこのシークエンスにおいて、ジム・カミングスが最も表現したかったのは、自身のおかしくも情けない演技そのものに他ならないからだ。
これは、本作の始めから終わりまで一貫して共有されている価値観である。物語が進むにつれ、主人公ジムの置かれた環境が徐々に明らかとなり、離婚調停中の妻や溺愛する一人娘、同僚の黒人警官、彼の勤務態度を問題視する上司、と様々な人々が登場するが、映画の中心となっているのは誠実だが不器用な生き方しかできないジムの奇矯な振る舞いが醸し出すユーモアやペーソスであり、その他の登場人物はジムの愛すべきキャラクター性を補完し強調する役割しか与えられていない。要するに、『サンダーロード』は主人公のジム=監督のジム・カミングスに奉仕する目的の為に全てが用意された映画だと言う事ができる。
もちろん、主人公ジムが抱える「生きにくさ」に、私たちが何がしかの共感を覚える事は可能だ。ただ、本作はそうした善意の共感に頼り過ぎているのではないかと感じた。作品と観客が互いに依存しあっている様な関係性は、決して健全とは言えない。そうしたもたれあいは、確かに私たちの痛みや苦しみを優しく慰撫してくれるかも知れないが、結果的に安易な自己肯定へと導く危険性も孕んでいる。ここには、ありのままの自分を許容しようとする姿勢だけが存在し、自己に対する批判的な視点が欠けている様に思うのだ。
もちろん、劇中ではジムを理解しようとしない、全く異なった価値観を持つ人物が何人か登場する。しかし、そうした人々はエゴイスティックで優しさを欠いた「悪者」として切って捨てられ、この映画では傍役の位置にとどまるしかない。中でも、ジムと離婚調停中の妻の扱いについては、非常に問題があると思った。彼女は映画の冒頭から、夫を決して受け入れようとしない他者として登場する。しかし、ジムがこの妻と真正面から対峙する場面は遂に描かれないまま映画は終わってしまう。本作のメインストーリーは単独親権を主張する妻と、共同親権を求める夫との離婚調停の行方にあるのだが、最終的に彼女はドラッグの過剰摂取によって死亡し、親権をめぐる争いはなし崩し的に解決してしまうのだ。
まだ離婚が成立していないにもかかわらず、既に若い恋人と暮らし始め、日常的にドラッグを摂取する。その身なりを含めた彼女の容姿は、いかにもステロタイプな「毒母」のそれである。私はこうした安易な表現に、父親としての資格を喪失した男性の根深いミソジニーを感じてしまう。確かに、『サンダーロード』のジムは不器用で混乱していて他人と話の噛み合わない、ハリウッドが描いてきた理想化された父親像とは全く異なる人物ではある。しかし、その裏には旧態依然としたマチズモが未だに息を潜めている様に思うのだ。

 

あわせて観るならこの作品

 

インディアン・ランナー [DVD]

インディアン・ランナー [DVD]

  • 発売日: 2004/05/26
  • メディア: DVD
 

俳優であるショーン・ペンが監督・脚本を務めた第1作(出演はしていない)。 ブルース・スプリングスティーン「Highway Patrolman」という曲にインスパイアされて脚本が書かれた。

 

まあ、タイトルが「サンダーロード」なだけで何の関係も無いですが…はみ出し者の強烈なナルシスズムを描いている点では共通しているか。こちらも、石井聰亙(現・石井岳龍)が、大学の卒業制作として発表したインディペンデント映画です。