事件前夜

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エドワード・ヤン『台北ストーリー』

 

台北ストーリー [Blu-ray]

台北ストーリー [Blu-ray]

  • 発売日: 2017/11/02
  • メディア: Blu-ray
 

かつて野球少年だった男の、過去に囚われどうしても新たな一歩を踏み出せない、かといって無邪気だった昔に戻る事もできない、という閉塞感が、80年代の台湾社会の変貌と歩調を合わせて語られていく。静かだが、緻密で緊張感あふれる展開である。何よりも、エドワード・ヤンだからこそ撮れる、ひっそりと息づく濃密な闇が素晴らしい。ライターの火や電飾、バイクのヘッドライト、光が闇を切り裂こうとする度に、闇はいよいよその存在感を増していく。映画の冒頭、恋人が新しく借りる部屋の下見に付き合って来た男が、退屈しのぎに部屋の電気のスイッチを付けたり消したり、何度も繰り返す場面があったが、映画の後半にこれと似たようなシーンが登場する。冒頭場面から時間が経ち、既に借り手がついているその部屋には、当然ながら照明器具が設置されていて、スイッチを押す度に部屋は光に満たされ、また闇に包まれる。灯りを点けようとする男と、それを再び闇に戻す女。光と闇をめぐるせめぎ合いを経て、最終的に男は闇に呑み込まれ、女は再び光の下へと旅立つのである。