李相日『怒り』
いったい、何に対して「怒り」を覚えるのか。大切にしていた人に裏切られた怒りなのか。愛する人を最後まで守る事ができず、背を向けてしまった己の弱さに対する怒りなのか。どれだけ叫んでも訴えても、その声が誰にも届かない無情さへの怒りなのか。私達は、生きている中で様々な人と出会う。繰り返される出会いと別れの中で、何か決定的に己が変われる機会が実は訪れているはずなのだ。しかし、ほとんどの場合、人はその機会を見逃し後から取り返しのつかない喪失感を味わう事になる。この映画では、人々が正面から見つめ合うショットが周到に排除されている事に注目したい。彼らはなぜか視線を交わす事を恐れるかの様に、あらぬ方向を向いて話し続ける。その中で、宮崎あおいと広瀬すずだけが他人を正面から直視する術を会得しているのだが、見つめられた相手はその眼差しに困惑し、ただ言葉を失うばかりだ。その戸惑いが怒りに変わり、暴力へたどり着く。この映画は、他者からの視線に耐えられず背を向けてしまった、変わる事のできない男達の物語である。