事件前夜

主に映画の感想を書いていきます。

片山慎三『岬の兄妹』

 

岬の兄妹 [Blu-ray]

岬の兄妹 [Blu-ray]

  • 発売日: 2019/12/25
  • メディア: Blu-ray
 

『万引き家族』を観て「日本の恥部を海外に知らしめる様な作品を許してはいけない」と憤った市会議員がいたらしいが、その市会議員が本作を観たら怒りのあまり卒倒するに違いない。本作で語られるのは身障者の兄が自閉症の妹に売春を行わせるという、余りにも無残な姿である。

この設定が幾らなんでも極端すぎると感じる人もいるかもしれない。そこまで堕ちてしまう前に、何らかの公的サービスを受けたら良いではないか、と考える人もいるだろう。前述の市会議員が『万引き家族』を許せなかったのは、日本でも貧困家庭を救済する施作が存在するにもかかわらず、そうした面が捨象されていたからだろう。

しかし、それは綺麗事に過ぎない。我が国においても公的なセーフティネットから落ちこぼれてしまう貧困層は存在するのだし、その様な人々がどれぐらい存在するのかも、政治や行政機関は完全に把握できていないだろう。彼らは、「見えない人々」なのである。それは、彼ら自身が世間から身を隠し、「見られる」事を望んでいないからである。

主人公の兄妹が住むボロ家の窓は段ボールで目張りされ、昼間でも薄暗い電球の灯りの下で暮らしている。もちろん、この段ボールは隙間風を防ぎ部屋を保温する役割も果たしているのだろうが、それよりもまず、他者からの視線を排除する為に存在する筈だ。中盤に登場する売春客、小人症の男の部屋も窓には目隠しが為され、部屋は薄暗いままである。

しかし、妹が売春を行うのをきっかけに、この目隠しは取り除かれる。窓から大量の光が差し込む様をハレーション気味に捉えた感動的なシーン。小人症の男も、女を部屋に呼んだ時にはベランダに出て空を眺めていたではないか。自らの身体を売る事が、世界や他者への唯一の通路となる絶望的なコミュニケーション。スクリーンの前で私たちは、絶望の淵でもがき続ける兄妹の姿を「見る」。「見られたくない」「見えない」人々を陽光の下に誘い出し、決して目を背ける事なく視線を送り続ける事。真のコミュニケーションとはそこからしか始まらないのだし、映画とはそもそもその様な役割を担わされたメディアだった筈だ。

 

あわせて観るならこの作品

 

是枝裕和監督、カンヌ国際映画祭パルムドール受賞作。『岬の兄妹』同様、わが国の目に見えない貧困家庭の実態を描き、安倍周辺の馬鹿どもを怒らせた傑作。以前に感想も書きました。