事件前夜

主に映画の感想を書いていきます。

イ・ウォンテ『悪人伝』

もはや韓国映画という枠を飛び越え、世界的なスター俳優への道を進み始めたマ・ドンソクの主演最新作は、お得意のフィルム・ノワールである。疾駆する車を舐める様に追っていく冒頭のシーンや、刑事とチンピラがバイクの二人乗りで殺人現場へ向かうシーンには北野武映画の影響が見て取れるが、本作の特徴は何といってもその風変わりな設定にあるだろう。シリアル・キラーに襲われて大怪我を負ったヤクザの組長が、落とし前を付ける為に刑事と協力して犯人探しに乗り出す…というストーリーから分かる通り、ノワールのプロットにサイコ・サスペンスの要素を接ぎ木しているのだ。警察が殺人鬼を捕まえる為に凶悪犯からの助力を仰ぐ、というのは『羊たちの沈黙』以来の伝統だが、本作はそのお約束を利用して思いもよらないジャンルミックスを実現している。正直、哲学書を読むインテリの殺人鬼、というのはいかにもありきたりで、サイコ・サスペンスとしては犯人像の弱いのが難点だが、まあ手垢の付きまくったこの手のジャンルで新たな犯人像を提示するのも難しいだろうし、もはや記号化された存在として描いているのだろう。
それよりも、『悪人伝』の見どころは、マ・ドンソクとキム・ムヨルがそれぞれ演じるヤクザと刑事、立場の異なる2人がある時は反目し、ある時は協力しながら連続殺人犯を追っていく過程において、どちらが物語の主導権を握るかによって、ジャンルミックスの配分が変化していく点にある。つまり、犯人を探し出す為の合理的な捜査が描かれる場合は、刑事が主体となるので映画もサイコ・サスペンスとしての色彩を強め(ヤクザ達が地道に聞き込みをする場面などは笑える)、逆にヤクザ同士の抗争などが絡んで物語に非合理な暴力が満ちてくるとヤクザが物語を支配し映画はノワールとしての性格を強めていく、という訳だ。物語レベルでの登場人物の関係性が、そのまま映画のハイブリッド構造に影響を及ぼすのである。
何しろ、犯人を追う目的がそれぞれ違うので(犯人に対して刑事は死刑の、ヤクザは私刑の遂行を望んでいる訳だ)、捜査は獲物をどちらが先に手に入れるか、という競争へと最終的に発展していく。刑事が勝てば映画はサイコ・サスペンス的結末を迎えるだろうし、ヤクザが相手を出し抜けば映画はフィルム・ノワールらしいラストに帰着するだろう。『悪人伝』がどの様な落としどころを用意しているかは実際にご覧になって確かめて頂きたいが、どちらの陣営にも花を持たせた、なかなか気の利いた結末にはなっている。

最後に、本作の主演であるマ・ドンソクについても触れておこう。以前にも述べたが、この俳優の一番の魅力は人をぶん殴る姿の説得力溢れる姿にあるのは間違いない。今回も、その暴れっぷりを堪能できる暴力描写が盛り込まれているが、それと共に、彼にはある種の可愛げというか、仏頂面をしながら人に怒られている姿がやけにしっくりくるというチャームポイントを併せ持っている。今作ではヤクザの親分という役柄上、そうした場面はほぼ無いのだが、それでも一癖も二癖もある人々を面倒くさそうにあしらう受けの演技に、ある種の萌えポイントを見出す事も可能だろう。

 

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韓国産サイコ・サスペンスで最近の収穫を挙げておこう。なぜか、両作とも自動車の追突事故が事件の発端となるのだった。