事件前夜

主に映画の感想を書いていきます。

イム・ジンスン『守護教師』

 

守護教師 [Blu-ray]

守護教師 [Blu-ray]

  • 発売日: 2020/01/08
  • メディア: Blu-ray
 

「あー、むしゃくしゃする!誰でもいいからぶん殴りたいなあ!」

>この国で生きていれば、誰しもこんな気持ちを抱いた経験がある筈だ。しかし、法治国家である我が国でそんな事を実行すればすぐに逮捕されてしまう。それ以前に、自分が殴り返されるかもしれないから怖くてできない。だからこそ、私たちは映画館に行くのである。虚構の登場人物が殴ったり殴られたりするのをポップコーン片手に楽しみながら、己の暴力に対する底知れぬ衝動を解放するのだ。できれば、殴られる相手は自分が普段からムカついている、何の仕事もできないくせにこっちのミスに付け込んでネチネチ嫌味を言うクソ上司とか、そんな嫌な仕事をしてまで稼いだ金を税金という名目でむしり取って自分らは夜な夜な豪遊しているクソ政治家どもであって欲しいね!あんな奴らは生きている資格が無いから!この映画にはそんなクソどもが次から次へと登場する。物語を追ううちに、理不尽がまかり通る世界で、絶望に打ちひしがれるしかない私たちの人生に対し怒りが湧いてくる。そんな想いを代弁するかの様に、悪人どもをぶちのめしてくれるのは、今や韓国を代表するアクションスター、マ・ドンソクだ。いいね、最高!スクリーンに彼が登場した瞬間、誰しも「ああ、この人はこれから誰かをこっぴどく殴るんだろうなあ」と予感せずにはいられない。そんな期待に応えるべく、マ・ドンソクは本作でも冒頭から飲み屋で乱闘を始めてくれる。高圧的なおっさんに腹パンを入れるこの痛快な導入部が実は物語の背景、なぜ元ボクサーである彼が女子高の体育教師に転職したのか、という説明にもなっているスマートな語り口。暴力映画とは常に暴力が物語の発端となり、暴力によって終わらなければならない。辛気臭いメッセージをだらだらのたまわって終わる映画なんてクソ喰らえ!そんな映画を観ただけで自分が成長した気になっているアホどもが集まった映画館に火をつけろ!焼け出されてくる観客に襲いかかれ!緻密に設計された立ち回りや過激なゴア描写が盛り込まれる事の多い昨今の映画と比べ、本作のアクションはおとなしい部類に入る。マ・ドンソク演じる体育教師は、チェーンソーを振り回したり、鉄パイプで頭をカチ割ったり、そんな過剰な暴力を奮う訳ではない。元ボクサーという設定らしく、襲いかかってきた相手の攻撃を巧みにかわし、脇腹にボディーブローを入れるぐらいだ。サスペンス映画としてもひねりが効いているのか効いていないのかよく分からない展開だし、『ツイン・ピークス』みたいな謎めいた雰囲気を漂わせて始まった割に最後に明かされる真相がショボイ気もする。しかし、そんな古臭く地味な映画と言ってもいい本作にここまで興奮させられるのは、やはりマ・ドンソクが人を殴る姿に有無を言わさぬ説得力があるからだろう。彼が誰かを殴るだけで映画になる。そんな自信がスクリーンから漲っているのだ。本作に限らず、韓国の犯罪映画には腐った政治家と汚職警官がよく登場するが、こうした設定に韓国の人々の激しい怒りが伝わってくるし、立場は違えどその怒りは私たちにも共有できるものである。だからこそ、クライマックスでマ・ドンソクが車中の悪玉をぶん殴らず、車の窓ガラスをぶち破っただけで終わったのは唯一の不満だ。ここはガラスと一緒に悪玉の顔をグチャグチャにして欲しかったのだが、マ・ドンソクとこの悪玉を隔てる窓ガラスこそが、今私達の前に立ちはだかる困難を象徴しているのかもしれない。何だそれ。

 

あわせて観るならこの作品

 

マ・ドンソクも出演する、韓国産ホラー映画の快作。世界広しといえど、素手でゾンビをぶん殴れるのは彼しかいない。以前に感想を書いています。

 

犯罪都市(字幕版)

犯罪都市(字幕版)

 

マ・ドンソク演ずる暴力刑事と中国犯罪組織との戦いを描く。古典的な西部劇をモチーフとして取り入れたこの作品、特筆すべきは銃火器の類がいっさい登場しない事。男たちは鈍器や刃物で殺しあう。もちろん、マ・ドンソクは素手で悪党どもをぶん殴る。