事件前夜

主に映画の感想を書いていきます。

イ・ミンジェ『感染家族』

 

感染家族 [Blu-ray]

感染家族 [Blu-ray]

  • 発売日: 2020/03/03
  • メディア: Blu-ray
 

映画の序盤、真っ昼間の田舎道をゾンビがフラフラ歩いていると、前からおばさん2人がやって来る。当然、ゾンビはおばさんに襲い掛かるが、全く相手にされず、更に近所の悪ガキに石まで投げつけられる。ついでに野良犬に追い掛け回され、オバケのQ太郎ばりに逃げ回る姿を観て、観客は本作が通常のゾンビ映画とは何か違う事に気づくだろう。

「このゾンビ、あんまり怖くないな…」

しかし、よくよく考えてみるとゾンビというのはモンスターの中で最も戦闘力の無い部類に入る。動きは鈍いし、頭を攻撃すればすぐに死ぬ。だから、ゾンビのもたらす恐怖とは、その感染力とそこから派生する数の脅威、という事になるだろう。ゾンビに噛みつかれた被害者もまたゾンビとなり、その数がどんどんと膨れ上がっていく。ドラキュラもそうだが、この様に犠牲者を仲間に引き入れてしまうタイプのモンスターは、そもそも伝染病のメタファーとして誕生した。

そして、『感染家族』に登場する青年ゾンビは、言わば「最初の1人目」なのである。誰かに噛みつかない限り、仲間も増えない。単体で行動するとたいして強くもないから、さっきの様な目に遭ってしまう。ゾンビの「最初の1人目」を題材に取り上げ、その情けなくも哀れな姿をコメディとして描いた点にこの映画の新しさがある。

結局、この青年ゾンビはひょんな偶然から主人公のパク一家にペットとして飼われる事になる。ゾンビの不思議な能力に気づいた一家は、閉業したガソリンスタンドを復活させる為に、とんでもない商売を思いつくのだが…ここから先は映画を見てのお楽しみとして、私は先程、犬に追いかけられる青年ゾンビの姿をオバケのQ太郎に例えた。『感染家族』は、藤子不二雄が得意としていた居候もの―『ドラえもん』や『怪物くん』などでおなじみの、平凡な家族の前に突然、不思議な能力を持った生物が現れて騒動を巻き起こす、といった物語―をフォーマットとして借りている。ドラえもんのどら焼き、コロ助(『キテレツ大百科』)のコロッケと同じ様に、ゾンビには好物まで用意され、さらには劇中「さようなら、ドラえもん」を彷彿とさせるエピソードも挿入される念の入りようだ。いや、それより『あらいぐまラスカル』の方が近いかもしれない。

だから、本作は従来のゾンビ映画とは異なり、全体的にのんびりとした、「大長編ドラえもん」の様な雰囲気で進んでいく。コメディタッチのゾンビ映画は今までにもたくさん作られてきたが、ここまでファミリー向けに寄せた作品は観た事が無い。後半に至り、ゾンビの感染力と数の脅威が増していくにつれ、いかにもホラー映画らしい展開になってはいくが、いわゆるゴア描写などは避けられているし、大笑いできるシーンも用意されている。この良い意味で間の抜けたゆるい感じは、ポン・ジュノに近いかもしれない。

ラストでは、ガソリンスタンドに代わってまた新たな商売を始めたパク一家の姿が描かれて終わるが、その商売というのがまたひねりの効いた内容で、笑いながら感心させられた。

 

あわせて観るならこの作品

 

ポン・ジュノの手掛けた怪物ホラー。ホラー映画の王道的展開とほんわかした家族劇がミックスされた不思議な味わいの作品。