事件前夜

主に映画の感想を書いていきます。

アレクサンドル・アジャ『クロール―凶暴領域―』

 

クロール ―凶暴領域― ブルーレイ+DVD [Blu-ray]

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現在の映画界で最も過小評価されている監督の一人、アレクサンドル・アジャの新作が公開された。しかも、製作が最近はプロデュース業でも傑作を生みだしているサム・ライミだというのだから、これは映画史的な大事件である。あなたが仮にも映画好きだと公言するのなら、何をおいても本作を観に行かなければならない。ぐずぐずしていると今週には公開が終わってしまう。自宅が火災に遭って燃えている真っ最中だとか、家の外に狂犬病に掛かった犬がうろついているとか、やむにやまれぬ事情があるのなら別だが。
それにしても、アレクサンドル・アジャの映画を徹底して無視する我が国の風潮はいったい何なのだろうか?フレンチホラーのニューウェーブとして一躍脚光を浴びた『ハイテンション』にしても、ゴシックホラーの傑作『ミラーズ』にしても、『ルイの9番目の人生』『ホーンズ 容疑者と告白の角』といった近作にしても、未だにまともな評価を受けているとは思えない。「意味の無いグロ描写が多すぎる」とか「最後のどんでん返しに無理があり過ぎて辻褄が合わない」といった感想が多数を占め、結局ゲテモノ趣味のB級映画といった扱いしかされていない。そもそも、映画に辻褄合わせなんて求めてどうするんだ?てめえが考えた話をてめえで帳尻を合わせて悦に入ってるだけじゃないか。そんな連中は『ジョーカー』を観て「これは分断が進むアメリカ社会の隠喩だ!」とか騒いでればいいよ、本当に…
2010年監督作『ピラニア3D』は、ジェームズ・キャメロンが「最低の3D映画」と激怒したぐらい、アレクサンドル・アジャの露悪趣味が爆発した快作だった。『クロール 凶暴領域』はそれ以来の動物パニックホラーという事になるが、それだけではない。ワニに加えて、史上最大級のハリケーンまで襲来する。つまり、本作はディザスタームービーの要素も兼ね備えているのだ。一粒で二度美味しい、という訳である。実際、この映画ではワニの攻撃がひと段落したら今度はハリケーンが、ハリケーンが止んだと思ったらまたワニが、という風に次々と波状攻撃を仕掛けてくるので、展開に全く中だるみが全くない。87分という上映時間の短さも相まって、友人や恋人と気軽に楽しめるホラー映画にすっきりと仕上がっている。
とはいえ、これまで様々なホラー映画を手掛けてきたサム・ライミアレクサンドル・アジャである。典型的なジャンルムービーである本作にも様々な工夫を凝らす事で新鮮な魅力を与えている。ひとつは、ハリケーンにより街中が浸水してしまう、という設定によって、ワニの行動範囲(凶暴領域)が時間が経つにつれてどんどん広がっていく、という仕掛けである。『ジョーズ』の大ヒット以降、様々な動物パニック映画が作られてきたが、特に水棲動物の場合は行動範囲が限られている為、人間側からすると陸に上がれば大丈夫な訳である。それだと映画が盛り上がらないので、作り手達はあの手この手で人間と動物が接触する機会を増やそうとする。例えば、海上や海中に人間を置き去りする(『ロスト・バケーション』『海底47m』)、生体実験によって進化したサメが水槽をぶち破る(『ディープ・ブルー』)、竜巻がサメを巻き込み空からサメの大群を降らせる(『シャークネード』)といった具合にだ。アレクサンドル・アジャの『ピラニア3D』では、ピラニアに襲われる人間たちがギャーギャー叫びまくるだけでちっとも陸に上がろうとしない理由を「全員バカだから」という信じられない力業で説明していた。それに比べると、本作はわざとらしい設定を用いず、極めてスマートにこの課題をクリアしていると言えるだろう。
そしてもうひとつ、主人公である水泳選手の娘と、そのコーチであった父親の関係性の変化を、物語の展開と同期させる、という工夫を凝らしている点も見逃せない。本作の父親は、娘の才能に惚れ込み、家族をないがしろにしてまで指導に打ち込んだ結果、とうとう妻に逃げられてしまった男である。家族がバラバラになって初めて自らの過ちに気づいた父親は失意に打ちのめされ、コーチ業も引退し、娘と顔を合わせる事もまれになっていた。しかし、この絶体絶命の状況から逃れる為には、娘の水泳選手としての能力が必要である事に気づいた父親は、恐怖に怯える娘を奮い立たせ、状況に応じた指示を的確に与える事で勝利へと導く。
もちろん、これがかつての水泳選手とそのコーチ、という関係性の再現である事は言うまでもない。映画のラスト、救助に来たヘリのライトに照らし出され、片手を上げて合図する娘の姿は、表彰台の上で誇らしげにスポットライトを浴びているかの様だ。だからこそ、父親はその娘の姿をまぶしく見上げるのである。動物パニック映画とディザスタームービーを組み合わせた本作は、実は梶原一騎的スポ根映画として観る事も可能だ。87分間に及ぶ恐怖の体験は、父親と娘がかつての絆を取り戻す過程でもある。

 

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ジョー・ダンテ出世作を3D映画としてリメイクした作品。ピラニアに噛みちぎられたチ○ポが海中に漂う様を3D映像で観客の網膜に叩き込むアレクサンドル・アジャの心意気に震えろ。