事件前夜

主に映画の感想を書いていきます。

エリック・ポッペ『ウトヤ島、7月22日』

 

スタッフロールの最後に、「これは事実をもとにしたフィクションであり、ドキュメンタリーではない」という断り書きが挿入されている。劇中の登場人物も、この映画の為に作られた架空の存在である。つまり、この作品は基本的にフィクションなのだ。

ただ、実際の事件を取り扱う以上、本作は関係者の多くの証言をもとにできるだけ事実に沿った描写を意識している。例えば、後半でウトヤ島上空にヘリコプターが姿を見せるのに、救助に降りて来てくれないという描写があるが、これは事実だったらしく、このヘリは救助に来た警察ではなく、マスコミのヘリだったそうだ。この事件では、警察の初動遅れが事態の悪化を招いたと批判されている。

虚構の物語を現実にできるだけ近づける、という意味で本作の白眉は、ウトヤ島での銃乱射テロが続いた72分間をまるまるワンカットで再現する、という試みだろう。当然ながら、ここでは「編集」という映画独自の文法が完全に排除されている。ワンカット長回しでは、クロスカッティングやカットバックといった編集技術も使えない。だから本作では、ウトヤ島テロに巻き込まれたひとりの少女に視点を固定して物語を進めていく。彼女はテロの全貌など知る由もないので、この映画では犯人についての詳細な情報は全く示されない(そもそも、犯人の姿すらはっきりとは映らない)。犯人は複数なのかひとりなのか。武器は何を持っているのか。そもそも、目的は何なのか。全て分からない。示されるのは、同じく逃げ惑う人々の間で飛び交う、不確かな情報だけである。

だから、私たちがこの映画から知る事ができるのは、2011年7月22日に起きたノルウェー連続テロ事件の「全体」ではない。映画が描くのは、虚構の人物に視点を据えた「部分」である。同じ72分間という時間を共有しながらも、その時ウトヤ島にいた人それぞれに異なった形でこの「部分」は存在する筈だ。そこから、「被害者」というひとくくりの言葉では表しきれない、無数の物語が立ち上がる。冒頭で述べた断り書きとともに、映画はひとりひとりにそれぞれの真実が存在する事を指し示す。

最後に、2019年3月15日にニュージーランドで起こった無差別テロ事件について、ジャシンダ・アーダーン首相が語った言葉を引用したい。

「かれはテロリストであり、犯罪者であり、過激主義者だが、私が話す時は名前で呼ばない。皆さんも命を奪った者ではなく、奪われた人々の名前を語ってほしい」

 

あわせて観るならこの作品

 

ヴィクトリア [DVD]

ヴィクトリア [DVD]

  • 発売日: 2016/09/21
  • メディア: DVD
 

ベルリンを訪れた少女がたまたま出会った男たちにひきずられるまま、悪事に手を染めてしまう模様を全編ワンカットで撮影した作品。ポスターのビジュアルが本作と似てる。以前に感想も書きました。