事件前夜

主に映画の感想を書いていきます。

アルフォンソ・キュアロン『ROMA/ローマ』

 

四角く区切られたタイルにバケツから水が流される。水はまるで打ち寄せる波の様にたゆたいながら、やがてスクリーンの中央に水たまりを作るだろう。できあがった水たまりは明るい空を投影し、観客は飛行機が空を通り過ぎていくのを目撃する。やがて、タイルをアップで捉えていたカメラは、ゆっくりと起き上がり、タイルの貼られた長い通路と、そのタイルを掃除する主人公、クレオの姿を映し出す。

アルフォンソ・キュアロンの新作『ROMA/ローマ』のエンドロールを眺めながら、私たちは記憶を巻き戻しこのファーストカットに思いを馳せる。今なら、この冒頭場面がラストシーンと対を為しているのが分かる。全編が優雅なパンと横移動によって撮られた本作の中で、始まりと最後だけが例外的に縦方向のティルトによって撮られているからだ。また、冒頭では偶然に作られたスクリーンの中のスクリーン=水たまりに投影されていた空が、ラストにおいてはっきりと映し出された時、私たちは空に向かって階段を上るクレオの姿と空をゆっくりと通り過ぎる飛行機を再び目撃する筈だ。

寝具を干す為、足早に屋上へ向かったクレオの姿がやがて見えなくなり、建物と空が映し出されたまま、エンドロールが流れ始める。私たちはやがて、わずかな不信を覚え始める。まだ、映画は終わっていない。子供たちの笑い声や、走り去る車のエンジン音が未だに聴こえている以上、まだ劇中の時間は流れ続けている筈だ。寝具を干しに行ったクレオが、そろそろ下りてきてもいい筈なのに、いつまで経ってもクレオは戻ってこない。いくらなんでも遅すぎるのではないか。彼女が再び姿を見せるのをじりじりとした思いで待ち続ける私たちはふと気付く。映画の終わったスクリーンを前に、焦がれる様な想いで恋人を待ち続ける女を、私たちはどこかで目撃した筈だ、と。

タイルの上を流れる水。窓ガラスを滑り落ちる雨粒。海岸に打ち寄せる波。アルフォンソ・キュアロンの映画では、あらゆる水のイメージがスクリーンを浸し、その水と触れ合う事、もしくは離れる事が生と死の運命を分けるだろう。最後にクレオが向かった空が、冒頭では水面に映されていた事を思い出す時、私たちは彼女の不在と存在を同時に信じる事ができる。

 

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 『ROMA/ローマ』以外でキュアロンの代表作、というとこれになるんですかね。あんまり好きじゃないけど。

 

本作に与えた影響は多大なものがある。生と死、愛と暴力が美しいイタリアの風景と共に描かれた傑作。