事件前夜

主に映画の感想を書いていきます。

ビョルン・ルンゲ『天才作家の妻-40年目の真実-』

 

天才作家の妻 -40年目の真実- [DVD]

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男たちは、いつでも女たちを虐殺してきた。だから、(小説が原作であるとはいえ)本作はフィクションではない。ゼルダフィッツジェラルドアナイス・ニンを始め、夫が一身に浴びる栄光の陰に隠れ、その才能を世間に知らしめる事なく「有名作家の妻」としての立場に甘んじる事を余儀なくされた女たちは数多く存在する。

本作は、それを極端な形で提示する。ジョナサン・プライス演じる夫には、スコット・フィッツジェラルドヘンリー・ミラーの様な才能は無い。夫の著作として発表されたものは全て、グレン・クローズ演ずる妻の代筆によるものなのだ。その作品は高い評価を呼び、やがてノーベル文学賞の栄に輝くまでに至る。人々からの賞賛を浴びる夫を影で見守る妻の複雑な感情を、グレン・クローズは見事に演じきっている。ただ、ここまで極端な設定になると、夫の心理にも興味が湧いてくる。妻と自分の間に存在する、残酷なまでの才能の差。自分が書いた訳でもない、登場人物の名前すら覚えていない小説が評価され、賞を与えられる。それはそれで、ひとつの地獄だろう。映画では、彼が妻への劣等感から何度も浮気を繰り返したと語られるが、夫が抱える葛藤をもう少し描き込んでくれれば、更に重層的な物語になったはずだ。あくまで作家の妻に焦点を合わせた作品だから、致しかたない部分もあるのだが…

結局、夫婦が抱えた秘密は夫の死によって永久に葬られてしまう。この結末が微温的に過ぎると不満を感じる人もいるだろうが、それこそが妻が夫に与えた贖罪なのかもしれない。妻はまだ、夫の影に隠れ書く事ができた。しかし、夫は才能ある妻の傍ら、書く事すら奪われてしまったのである。

 

あわせて観るならこの作品

 

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ティム・バートンには珍しい、実話ベースの作品。1950年代から60年代に掛けてアメリカで人気を博したポップ・アートの実作者をめぐって、やはり夫婦が争う事になる。男からの搾取に立ち向かい、自らの名前を取り戻そうとするマーガレットの物語は、例えばなかなか進展しない夫婦別姓問題に絡めて読み解く事も可能だろう。