事件前夜

主に映画の感想を書いていきます。

トム・フォード『ノクターナル・アニマルズ』

 

正直な話、私の収入ではトム・フォードのスーツなど買える訳がない。一度も袖を通した事の無いアパレルブランドのデザイナーがどんな美学を持っているのか理解できる訳がない。だから、この映画を通してトム・フォードの美学を語るなんて不可能だ。ここはやはり馬鹿正直に、映画として語るしかない。作中であからさまに示されている様に、エドワードがスーザンに送った小説を、自分を捨てた妻への「revenge」として解釈する事は可能だ。「現在」「過去」「作中作」という3つの挿話が重層的に語られる本作において「作中作」で暴力により妻と娘を奪われる男と「過去」で妻スーザンに裏切られる夫エドワードー共にジェイク・ギレンホールが演じているーは同じ様な心の弱さを有しており、であるが故に他者によって決定的に傷つけられる。「作中作」における殺人は、過去のあるエピソードと呼応するだろう。ならば、エドワードは「過去」を犯罪小説風の「作中作」として語り直し、スーザンを難詰する目的で送りつけたのだろうか。ラストシーンの「すっぽかし」を、その復讐の締めくくりと考えればその通りだが、そもそも「作中作」には作者など存在しなかった、と受け取る事も可能である。全ては、スーザンの原罪意識が生み出した物語であり、彼女は誰かが「revenge」してくれるのを待ち侘びていたのかもしれない。更に「作中作」の男とスーザンをイコールで結ぶ事もできる。なぜなら彼女も、自分の弱さゆえに愛する人を2人失っているからである。まあ、それはそれとして本作のスタッフロールのスペシャルサンクスは見応えがある。メゾン・マルジェラ、マーク・ジェイコブスモスキーノ、miu miu 等々…作中の服飾や小物がどこのブランドなのか、想像してみるのも楽しいだろう。