事件前夜

主に映画の感想を書いていきます。

トッド・ヘインズ『キャロル』

 

キャロル [DVD]

キャロル [DVD]

  • 発売日: 2016/08/26
  • メディア: DVD
 

トッド・ヘインズは『ベルベット・ゴールドマイン』から一貫して、セクシャルマイノリティの問題を取り上げた映画を作っているが、本作冒頭の印象的なクレーン撮影から見て取れる様に、極めて伝統的な映画手法を用いてアクチュアルなテーマを浮かび上がらせる、という点で、本作はダグラス・サークの完コピを目論んだ『エデンの彼方に』の延長線上にあると言えるだろう。洒脱なセットや衣装、流麗なカメラワークは思わず溜息が漏れるほどだが、ヒロイン2人の関係性が微妙に変化するにつれて、対象に向ける眼差しが鮮やかに反転する仕掛けに注目したい。つまり、映画の冒頭ではルーニー・マーラケイト・ブランシェットの魅力に引き込まれていく様を、前者が後者を車窓越しに見つめる(しかし、車窓は雨に打たれて対象はぼんやりとしか把握できない)というショットで示していたのに対し、ある出来事をきっかけに両者の「追う-追われる」の関係が反転した途端、今度は後者が前者を車窓越しに見つめるというショットが挿入されるのである。対象との間に障壁がある為に直接手を触れる事ができずただ眼差しを送る事しかできない、という状況は、2人が置かれた時代状況を指し示すと共に映画そのものの換喩表現でもある。パーティの席上で談笑するケイト・ブランシェットルーニー・マーラがゆっくりと近づき、やがて2人の視線が交錯する、という本作のラストシーンが圧倒的な感動をもたらすのは、恋人たちの間にある障壁が取り除かれると共に、観客の視線を代弁する主観ショットの切り返しによって、映画と私達の間にあった筈の障壁(=スクリーン)が取り除かれた様に錯覚するからだ。