事件前夜

主に映画の感想を書いていきます。

ヨルゴス・ランティモス『女王陛下のお気に入り』

残念ながら、本作がオスカーを獲る事はかなわなかった。いかにもアカデミー賞好みの時代劇ではあったのだが…

しかし、映画を観終わって冷静に考えると、こんな変態映画がオスカーなんか獲る訳ないだろう、という気もしてくる。変態といっても、アン女王をめぐる同性愛関係が描かれているからではもちろんない。現在のハリウッド映画ではむしろありふれた題材だし、そうした意味では時流に沿った作品ではある。問題は、この権謀術数が飛び交う、それだけならコンサバティブなコスチューム・プレイにおいて、いかにもヨルゴス・ランティモスらしい、意味不明なショットが度々挿入される事である。宮殿の廊下を魚眼レンズで撮影するのはまだしも(これは、宮殿内の歪んだ人間関係を示唆しているのだろう)、毒薬を盛られた女王の近臣サラ(レイチェル・ワイズ)が落馬するシーンと全裸のデブが皆からオレンジを投げつけられるシーンのクロスカッティング、アン女王(オリヴィア・コールマン)とその足を揉む召使いアビゲイルエマ・ストーン)の姿と、大量のウサギたちがオーバーラップするラストシーンなど、いったいどの様な劇的効果を狙っているのかさっぱり分からないのだ。

もちろん、本作は権力闘争に明け暮れる貴族たちの姿をブラックコメディとして描いているのだから、上述の場面はシニカルな笑いを誘う演出の一環なのだ、という人もいるだろう。しかし、『女王陛下のお気に入り』が徹底して排除しているのは、この様なシニックな態度である。蝋燭の灯りを際立たせる照明など、本作はスタンリー・キューブリック監督『バリー・リンドン』を意識した点が多々見受けられるが、ヨルゴス・ランティモスキューブリックの様な突き放した描写ではなく、作中人物に寄り添った演出を行っている。実際、カメラも、登場人物に非常に近い位置に配置されていて、『バリー・リンドン』で多用された俯瞰視点やロングショットは稀である。ここにキューブリックの様なシニカルな冷徹さは無い。

この作品世界から立ち上がってくるのは、閉じられた世界の論理に翻弄され、外に出る事もかなわぬまま、ただ空虚な快楽に身をやつすしかない人々の哀れな姿である。彼らはまるでウサギの様だ。誰かに自分の縄張りが荒らされないかと不安を覚えながら、いつも耳をそばだて、びくびくと怯え続けている…という事は、ラストのおかしなオーバーラップにも意味があるのか。自己解決した。

 

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キューブリックの渋い傑作。蝋燭の照明だけを使用した撮影など、当時としては革新的な作品だった。本作に与えた影響は大きい。

 

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ランティモス作品の中で最も狂った1本。登場人物の1人が何かあると股間丸出しになるので、映画の大部分にモザイクが掛かっている。こうしてみると、ランティモスはイングマール・ベルイマンの影響が大きいのかもしれない。閉鎖空間の中でドロドロに煮詰まっていく人間ドラマというか。