事件前夜

主に映画の感想を書いていきます。

ドノヴァン・マーシュ『ハンターキラー 潜航せよ』

 

ハンターキラー 潜航せよ [Blu-ray]

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 潜水艦映画に最もふさわしい舞台は、やはり冷戦時代という事になるだろう。本作ではロシア側のクーデターという設定によって、その一触即発の緊張関係を現代に甦らせている。正直、この設定についてはかなり無理があり、クーデターの首謀者である国防相がなぜこんな大それた事を企てたのか、どうも曖昧で説得力が無い。ロシアにとってどう考えてもメリットが無いし、かと言って件の国防相が狂っている訳でもない。現在のアメリカにとっての主戦場はやはり中東地域であり、アメリカとロシアの対立、という昔ながらの構図にリアリティを見出すのはなかなか難しい様だ。ただ、中東を舞台にすると潜水艦が活躍する映画は作りにくい。現代は潜水艦映画にとって不遇の時代と言えるかも知れない。

製作陣がそこまで無理な設定を通してでも描きたかった原子力潜水艦の戦闘描写はさすがに気合が入っており、サスペンス演出についても過去の潜水艦映画のお約束も踏襲しながら、新しいアイデアを盛り込んで飽きさせない作りになっている。

特に秀逸なのが、アメリカの原子力潜水艦アーカンソー号の乗組員たちの活躍を描くパートと、特殊部隊による敵地侵入作戦を描くパートを並行して描いた点だろう。

通常、潜水艦映画は艦内と指令室が主な舞台となっており、基本的には密室内での息詰まる心理描写や閉塞した人間関係の変容が見所となる。その為、潜水艦映画はどうしても地味な画作りになってしまいがちなのだが、本作では激しい銃撃戦が展開する特殊部隊のパートを間に挟む事で、ビジュアル面での単調さを回避している。また、登場人物のアップが主となる潜水艦パートとは逆に、特殊部隊パートでは引きの構図が効果的に使用されており、アクションの舞台となる空間に多様な広がりをもたらしている(特殊部隊のメンバーにスナイパーを配置したのは良いアイデアだ。スナイパーの遠距離射撃は敵との距離を一気に詰める事ができると共に、敵との間にある空間的な広がりを強調する事ができる)。最後の荒唐無稽な展開も含めて(あんな神業が仮に可能だとして、何もそこまでギリギリに引きつけなくていいじゃないか)、話はかなり荒っぽいが潜水艦映画というジャンル映画としての楽しさは詰まっている。

 

あわせて観るならこの作品

 

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静と動を対比させた堂々たる演出、リアリティ溢れるディテール描写など、その後の潜水艦映画の基礎を作った作品。パーフェクト ストーム』も良かった。ヴォルフガング・ペーターゼンの船映画に外れなし(その2作しか観てないけど)。

 

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キャスリン・ビグロー監督作。20年もの隔たりがありながら、U・ボートが作り上げた潜水艦映画としての定型から抜け出せていないのがよく分かる。しかし、キャスリン・ビグローの権力へ向ける批判的眼差しが、やがてアメリカ批判へ焦点を移していった事を考えると、本作は一見の価値がある。