事件前夜

主に映画の感想を書いていきます。

ラジ・リ『レ・ミゼラブル』

1960年代にフランス政府が労働力確保の為に実施した旧植民地からの移民受け入れ政策に伴い、都市郊外には移民向けの住居として低所得世帯用公営住宅団地が数多く建てられる事になった。しかし、移民たちをめぐる社会的環境は厳しく、貧困や差別に晒された彼らの生活は次第に荒んでいき、バンリューと呼ばれるこれら公営住宅地帯の多くがスラム化していった。
バンリュー問題が社会的に認知されていくにつれ、フランスのノワール小説や映画は、パリに代表される都市から徐々に郊外へと犯罪の舞台を移していく。映画では、1995年の『憎しみ』が有名だろう。マチュー・カソヴィッツカンヌ国際映画祭で監督賞を受賞したこの作品は、バンリューに住む移民二世たちの暴力と怒りに満ちた生活がリアルに描写され、世界に衝撃を与えた。また、郊外で起きた若者たちの暴動を描いていた為、2005年に起きたパリ暴動を予見した作品としても名高い。
パリ郊外で警察に追われていた北アフリカ系の若者が逃げ込んだ変電所で感電死した事をきっかけに起きたこの暴動は、やがてフランス全土にまで拡大し、政府から非常事態宣言が発令されるまでに至る。暴動にはバンリューに住む多くの若者たちが参加したとされるが、将来に希望を見出せず、常日頃から不満や鬱屈を抱えていた子供たちが暴徒化し、放火や強奪を行う姿は、これまで移民問題から目を背けていたフランス国民にショックを与えた。これまでの植民地政策のツケを払うかの様に、先進諸国は自国内に植民地(=搾取の対象)を生み落としたのだ。事件が収束した今もなお、その火種はくすぶったまま人民と権力の緊張関係は続いている。移民をめぐる問題は解決の糸口すら見い出せないまま、今や全世界共通の課題として重く私たちに圧し掛かり、暴発の予感を孕んでいるのだ。
ヴィクトル・ユーゴーの名作『レ・ミゼラブル』の舞台となったモンフェルメイユもまた、現在ではこうしたバンリューのひとつである。モンフェルメイユ出身のラジ・リはパリ暴動に衝撃を受け、自分の住む街を1年間撮影し続けて『365 Days in Clichy-Montfermeil』というドキュメンタリーを製作した。本作は、同じモンフェルメイユを舞台にした長編初監督作で、オリジナル脚本に基づく劇映画となっている。
ラジ・リが本作を監督するにあたって『憎しみ』を参照したかは分からない。いずれにせよ、同じテーマを扱っているとはいえ両作の佇まいは全く異なる。マチュー・カソヴィッツが、いかにもフレンチ・ノワールらしいスタイリッシュな映像美を志向していたのに対し、ドキュメンタリー出身のラジ・リは手持ちのDVカメラやドローンでの撮影を駆使する事で、よりジャーナリスティックな映像を追及しているからだ。どちらが良いとか悪いとかいう話ではない。カソヴィッツの端正な画作りは、「映画らしい映画」を意識し過ぎるあまり、作品から生々しさを奪っている様な気がするし、逆にラジ・リのグラグラと揺れるドキュメンタリータッチの映像は(そうした作品がハリウッド映画にも溢れ返っているとはいえ)、現実の諸断片からフィクションを立ち上げる為の戦略性を欠いている様に思う。要するに、『レ・ミゼラブル』はまだ映画になっていないのだ。同じ様な題材を描いた作品なら、フェルナンド・メイレレスの『シティ・オブ・ゴッド』の猥雑さの方が、より映画的な興奮に満ちていると言えるだろう。
とはいえ、後半30分に差し掛かると、待ち受ける暴力への予兆を燃料にして『レ・ミゼラブル』は映画的な疾走感を獲得する。警察官が子供を追い掛けるシーンの移動撮影や、ライオンが登場するシーンの緊迫感などには、映画としての手ごたえがはっきりと感じられた。公営団地の中で展開するクライマックスは、黒装束の子供が見境なく大暴れし、デヴィッド・クローネンバーグの『ザ・ブルード/怒りのメタファー』を思い出させる(全然違うか…)。
色々と言いたい事はあるが、新世代の社会派映画としてスパイク・リーが期待を寄せるのも分かる。できれば、次作ではもっと景気よく、大勢の人が意味なく死んで
街中が炎に包まれる大暴動の映画を撮って欲しい。

 

あわせて観るならこの作品

 

憎しみ 【ブルーレイ&DVDセット】 [Blu-ray]
 

カソヴィッツのその後のフィルモグラフィを見るに、この人はリュック・ベンソンの系譜に連なる監督だと思う。とにかく、カッチョイイ映像が撮れればそれで満足、みたいな。

 

トレーニング デイ [Blu-ray]

トレーニング デイ [Blu-ray]

  • 発売日: 2010/04/21
  • メディア: Blu-ray
 

犯罪多発地域に赴任した新米警官が、メチャクチャな先輩のせいで散々な目に遭う、というプロットが似ている。