事件前夜

主に映画の感想を書いていきます。

メル・ギブソン『ハクソー・リッジ』

 

まず、銃弾が縦横に飛び交い、敵味方が入り混じる地上戦を、お得意のゴア描写も混じえつつ、きっちりひとつの空間として提示するメル・ギブソンの演出力に舌を巻く。この戦闘場面には、観客が何が何やら分からず混乱してしまう様な曖昧さが全くない。わざとらしいスロー撮影や手持ちカメラの映像など使わずとも、ここまで臨場感のある戦闘シーンが撮れてしまうのだ。そして、この凄まじい戦闘場面に拮抗する様に、心を揺さぶる人間たちのドラマをも描ききっている事も称賛に値する。

過酷な戦争体験により決定的な何かが壊れてしまった父親と、無垢な心を抱いたまま戦地へ旅立とうとする息子。この親子が経験する2つの大戦では、兵器の近代化により戦闘からあらゆる人間性が剥奪されている。既に、戦場から「英雄」が生まれる余地など失われ、兵士は使い捨ての駒に過ぎなくなっている。お前の信念など、戦地に出れば踏みにじられるだけだ、と父親や仲間たちは言う。しかし、主人公ドスが目指したのは戦地に再び「英雄」を呼び込む事であり、その為には人が肉塊と成り果てる戦地で、生者の声をひとつずつ拾い集める必要があるだろう。

いったい、何人の人の命を救えば、目の前に広がる地獄に拮抗し得るのか。ドスは「もうひとつ」と呟きつつ、「衛生兵!」という助けを求める生者の声に向かって戦地を駆け抜ける。