事件前夜

主に映画の感想を書いていきます。

セバスティアン・レリオ『ナチュラルウーマン』

 

ナチュラルウーマン [DVD]

ナチュラルウーマン [DVD]

  • 発売日: 2018/08/03
  • メディア: DVD
 

冒頭、イグアスの滝の荘厳な景色が映される。衣料会社の社長であるオルランドは、トランスジェンダーである歌手マリーナへの誕生日プレゼントとして、このイグアスの滝への旅行を提案する。しかし、この約束が果たされる事はなかった。その晩、オルランド脳梗塞によって突然倒れ、そのまま帰らぬ人となってしまうのだ。
愛する人を突然失ったマリーナと、トランスジェンダーへの偏見を隠そうともしない遺族との確執。明らかに先入見を持ってマリーナを容疑者扱いしようとする警察。もちろん、彼女が働くレストランのオーナーや、歌の教師など理解を示してくれる仲間も少なからずいるのだが、愛する人の葬儀に参列したい、という願いさえ拒否され、マリーナは絶望感に打ちのめされる。
そこで、冒頭のイグアスの滝へと話は戻るのだが、死んだ恋人との約束の地へ赴く事で、遺された者に救いがもたらされる、といった展開は、まあよくあるパターンである。正直、マリーナがサウナへと向かう場面で、ああ、つまらない方へ話が向かっているな、と思ってしまった。
しかし、本作はそんなに甘ったるくは終わらない。その後に映されるカットをどの様に理解するかは観客に委ねられているが、映画は、彼女にこの街で生きる事、いわれなき差別に敢然と立ち向かう事を選択させたのだと思う。マリーナがこの過酷な体験を通して、今まで鏡には決して映らなかった本当の自分を遂に発見した事を、ラストシーンに流れる歌声が伝えてくれる。