事件前夜

主に映画の感想を書いていきます。

ジョン・ウー『マンハント』

 

マンハント [Blu-ray]

マンハント [Blu-ray]

  • 発売日: 2019/09/13
  • メディア: Blu-ray
 

ジョン・ウーの新たな代表作にして、映画史に残る傑作である。
映画の中盤、中之島から水上バイクに乗った福山雅治とチャン・ハンユーが、大阪城公園だんじりに乗って練り歩く國村隼と交錯する。大阪在住の人間であれば、つまり水上バイク堂島川を東に向かって進んでいるに違いない、と思うだろう。しかし、水上バイクから降りた福山雅治大阪城公園をウロウロしているのに対し、途中で橋をよじ登ったチャン・ハンユーは、次のカットで梅田のグランフロント前にいるのである。なぜ、チャン・ハンユーがそんな場所へ行かねばならなかったのか、それは映画の冒頭で説明されているが、それにしても大阪城公園から梅田までの地理的な隔たりを男はどの様に乗り越えたのか。しかも、そこで女と待ち合わせた彼は、また次のシーンで新幹線に乗り、岡山県蒜山にまで移動してしまうのだ。当然ながら、大阪駅から新幹線に乗る事は不可能である。この時点で、観客は物語内の時間がどれだけ経過しているのか、完全に見失ってしまう。勿論、大阪中之島から大阪城公園を経て、蒜山にまで辿り着く事は不可能ではない。しかし、本作はその移動にかかる時間描写を完全に省略しているが故に、まるでどの場所も歩いて2〜3分の距離に位置しているかの様な奇妙な空間が立ち上ってくる。
だが、我々が外国映画を観る時、そもそも地理的な位置関係について知識が無いのだから、スケジュールや予算の都合でどんな省略や歪曲が施されていても全く分からない筈だ。とどのつまり、映画の舞台装置というのは虚構に過ぎないのである。
ジョン・ウーは、映画の虚構性をアクション映画という枠組みの中であっけらかんと明かしてみせる。映画の冒頭、日本人である筈の居酒屋の女将が思いっきりカタコトの日本語で主人公に話しかけ、相手が中国人と見るや信じられないくらいに流暢な中国語に切り替える。そのくせ、女は中国語が喋れるのかと問われると、少しだけ、などと答えるのだから観客は面食らうに違いない。だが、日本語と英語と中国語が飛び交うこの映画において、登場人物の母国語についてとやかく指摘するのは、余りにも偏狭だろう。本作の登場人物たちがこの映画にしか存在しない独自の言語を使って喋っている事は、ラストにおける駅での別れのシーンではっきりと示されている。
驚くのは、こうした映画のいかがわしさ、図々しさをストーリーのレベルにまで落とし込んで一級のエンターテイメント映画を作ってしまうジョン・ウーのしたたかさだ。何から何まで、荒唐無稽としか言いようが無い筋運びであるにもかかわらず、この映画では説明不足の点が全く無いのである。その上、クライマックスには「まるで映画のラストシーンみたい」などと登場人物にぬけぬけと言わせるのだから、流石としか言いようがない。