事件前夜

主に映画の感想を書いていきます。

リック・ローマン・ウォー『エンド・オブ・ステイツ』

 

ジェラルド・バトラーの当たり役、マイク・バニングシリーズもはや3作目。一応、これで一区切りという事らしい。
このシリーズのプロットは基本的にどれも同じだ。まず映画の冒頭でテロリストがあっけなくテロを成功させる。第1作目ではホワイトハウスが占拠され、第2作目ではロンドンで同時多発テロが発生し、各国の首脳が皆殺しにされた。被害の規模は9.11どころの騒ぎではない。それが映画開始から30分ぐらいで成し遂げられてしまう。この映画の中の先進国のセキュリティはそこらへんのコンビニより甘いのである。
主人公マイク・バニングは合衆国大統領専任のシークレット・サービスだが、非常に有能な男である。どれぐらいかといえば、たった1人でテロリストのアジトに乗り込み組織を壊滅させてしまうぐらいに有能だ。冒頭で易々と大規模テロを成功させたテロリスト達が、この男の手に掛かると虫けらか何かの様にバッタバッタと死んでいく。ランボーコマンドージョン・ウィックロボコップなど、映画には様々なアクションヒーローが存在するが、私は彼こそが最強だと確信している。
第1作目は過去の失敗から立ち直れず、第一線から退いていたマイク・バニングが偶然テロに巻き込まれ、テロリストとの戦いの中で過去の自分を取り戻していく、というドラマが一応あるにはあった。しかし、バニングがシークレット・サービスに復帰した第2作目では、そうした内面的な葛藤は失われ、世界の危機を正義の執行者たるアメリカが救う、というあまりにも古臭い物語に帰着してしまう。映画の冒頭では、アメリカ軍の仕掛けた空爆によって、国際テロ組織のボスの娘が命を落とした事が悲劇の発端だという事が示されているのにもかかわらず、である。そのあまりにも能天気かつ太平楽な結論にはまだこんな事をやっているのか、と思わず鼻白んだが、これは第2作目がとにかく主人公の強さ、ヒーロー性をより際立たせる事に特化した為の弊害である。もともと、テロリストに奪われたホワイトハウスを奪還する、という意味でバニングアメリカの強さ、逞しさを体現するキャラクターであった。彼がアメリカ国内でワチャワチャやってる分には勝手にしろ、という話だが、国外に舞台を移して世界的な使命を帯びてしまうと、途端にその独善性が鼻についてくる。そもそも、お前らが勝手に決めた価値観で全部押し通そうとするからこんな事になったんだろ!という疑問が拭えない。
第2作目の反省からか、今作はもう1度アメリカ国内に舞台を限定し、マイク・バニングが大統領暗殺未遂の容疑者として国家に追われる、というひとひねりした設定になっている。『逃亡者』とか『エネミー・オブ・アメリカ』の様な、巻き込まれ型サスペンスに回帰している訳だ。しかし、そうした冤罪サスペンスというのは国家対個人の戦いであり、圧倒的な力の差をその場の機転や同志達の協力などで乗り越えていく、という点が見どころなのに対し、マイク・バニングは地球上最強の男なので力づくで解決していく。赤子の手を捻る様に殺されていくテロリスト達を見ていると、どちらかといえば『ランボー』1作目のテイストに近いのではないか、と思った。
本作の『ランボー』っぽさを補強するのが、ニック・ノルティ演ずるマイク・バニングの父親、クレイ・ バニングである。ベトナム戦争時代は特殊部隊にでも所属していたのだろうか、この男は自らが隠遁生活を送る山のそこかしこにとんでもない量の爆薬を仕掛け、父親のもとに身を寄せたマイク・バニングを追って山に足を踏み入れた敵を次々と爆殺していく。どう考えても違法行為、親子揃ってどちらがテロリストなのか分からなくなってくるが、このシーンの滅茶苦茶さは本作一番の見どころだろう。

 

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【Amazon.co.jp限定】エンド・オブ・ホワイトハウス スペシャル・プライス(ポストカード付) [Blu-ray]

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  • 出版社/メーカー: TCエンタテインメント
  • 発売日: 2016/04/18
  • メディア: Blu-ray
 

シリーズ第1作目では下院議長だったモーガン・フリーマンも第3作目では遂に合衆国大統領に。出世したな、おい。

 

ランボー 4K レストア版 [Blu-ray]

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町にひょっこりやって来た薄汚い男を保安官達がいびってたら、実はそいつがベトナム特殊部隊出身だった為に皆殺しになってしまう怖いお話。特殊部隊に所属していた奴は全員超人、っていうイメージはこの映画から始まったんじゃないの?マイク・バニングもご多分に漏れず。

ルーベン・フライシャー『ゾンビランド:ダブルタップ』

 

本作を鑑賞するにあたり、予習がてら前作のDVDをレンタルしたのだが…死ぬほどつまらないのでびっくりした。10年ぶりに続編が作られるぐらいだから、前作はそれなりの評価を得て、ヒットもしたのだろうが…とにかくテンポが悪くて、ギャグも上滑り気味だし、何というか、面白くない奴が面白くもない冗談を言って、それを皆が大笑いしているのを眺めている様な、苦々しい気持ちになってしまった。この感覚、以前も味わった記憶があるな…と考えてみると、劇中で大々的にフィーチャーされている『ゴーストバスターズ』第1作目の時以来である。観ている間ずっと、何かに似ているな、と思っていたのだが、要するにこの映画は私の嫌いな、アイヴァン・ライトマンの作品にそっくりなのだ。
アイヴァン・ライトマン作品の何が嫌かって、とにかく全体に漂う、毒にも薬にもならない生温さが我慢ならない。なるほど、『ゾンビランド』は、確かに血がドバドバ、内臓グチャグチャのゴアシーンが盛りだくさんかもしれない。しかし、問題はこうしたジャンルムービーに対する作り手のなめきった態度が、作品から透けて見える事なのだ。ただ表面上の過激さを装う為に先人達が築いた遺産を利用してんじゃねえよ。そういう意味ではアイヴァン・ライトマン監督『エボリューション』の不愉快さに通ずるものがある。
とはいえ、せっかくレンタルまでして予習したんだから、一応観に行くか…と、全く期待せずに映画館へ出かけたのだが、あにはからんや、今回の続編はなかなか面白かった。監督のルーベン・フライシャーも『ヴェノム』の様なビッグ・バジェットの監督経験を得て成長したのだろうか、テンポも良くなり、映画としての面白みがグッと増している。特に、主人公の男2人が自分と瓜二つのゾンビにモーテルで追い掛け回されるシーンをワンカットで追う場面など、なかなか良く出来ていた。
ギャグ面では何といってもゾーイ・ドウィッチ演じる新キャラクター、マディソンの存在が大きい。この狂気すら感じるおバカキャラクターがボケ役の大半を担ってくれているので、ストーリー展開がスムーズになった。前作は、そもそも主人公たちに大した目的が無い上、お寒いギャグで話の流れを止めてしまうので本当にイライラしたが…
前作の32のルールもそうだったが、冒頭で紹介されるゾンビの分類がほとんどストーリー上で活かされていなかったり、相変わらず大味な脚本ではあるのだが、最後のオマケも含めてファンサービスたっぷりのお気楽エンターテインメントに仕上がっている。頭を空っぽにしてご覧頂きたい。

 

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ゾンビランド [Blu-ray]

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10年ぶりの続編とはいえ、お話し的にはそのまま繋がっているので、やはり前作を観てから臨んだ方がいい。出来はあまり保証しませんが…

チェ・グクヒ『国家が破産する日』

 

国家が破産する日 [DVD]

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  • 出版社/メーカー: 株式会社ツイン
  • 発売日: 2020/04/08
  • メディア: DVD
 

この映画で扱われている1997年のアジア通貨危機とはいったいどの様なものだったのか。もちろん、映画の中でもある程度は説明されているが、まずはその概要を韓国の立場に立って簡単にまとめておこう。
1988年のソウルオリンピック以降、未曽有の経済成長を遂げていた韓国は1996年、念願のOECD(経済開発協力機構)への加盟を果たす。人々は好景気が続く事を信じて疑わなかったが、その裏では同族や家族で構成された一部の財閥による独占的な市場支配など、旧態依然とした経済構造が徐々に綻びを見せ始めていた。
長らく経常収支の赤字が続いていたアメリカが、1995年から経済対策としてドル高誘導へと舵を切った事で、ドルに対し為替レートを固定して自国の通貨価値を守ってきたほとんどのアジア諸国は輸出が伸び悩む様になってくる。韓国も例外ではなく、中央銀行保有する外貨準備金は目減りする一方であった。
ここに目をつけたのが、欧米のヘッジファンドである。彼らは、通貨レートが実態経済と乖離している事に気づき、過大評価を受けている通貨を空売りして値を下げ、安くなった時点で買い戻す事で利益を得ようと画策したのだ。その結果、韓国は対ドル固定相場制を維持できなくなり、ウォンの価値は急激に下落していく。
海外投資家からも投資を引き上げられ、大手企業の倒産が相次ぐ様になり、街に失業者が溢れ、金融機関は多額の不良債権を抱えて破綻に追い込まれる。この時、韓国の抱えていた対外債務は300億ドル超。まさに、デフォルト寸前の状態であった。
デフォルト回避の為に奔走する通貨政策チーム長ハン・シヒョン、この危機を利用して莫大な富を得ようとする投資家ユン・ジョンハク、突然の経済不況に巻き込まれ、破産寸前に追い込まれる食器工場経営者ガプス。本作は立場の異なる3人の主人公を用意し、それぞれの視点からサスペンスフルに物語を進めていく。この構成によって、当時の韓国が抱えていた問題を、より多角的に捉える事ができると製作陣は考えたのだろう。そして、その試みは見事に成功している。
大統領をはじめとする政治家たちは混乱を恐れて国民から真実を隠し、右往左往徒して徒に時間を空費するばかりだ。一部の官僚は事態の深刻さに気付いているが、本質的な解決策を模索する気はさらさら無く、逆にこの混乱に乗じて自らが望むような国に作り変えようと画策してる。大衆はそれまで、政府が喧伝する右肩上がりの成長を盲目的に信じ込んでいたが、一旦その信頼が揺らぎ始めると一斉にパニックを起こす。財閥の経営陣は、それまでの放漫経営がこの危機を引き起こした事にすら無自覚のままである。その中で、目ざといハゲタカファンドは金融テロとも言える暴力的な投資によって、暴利を貪っている。
要するに、1997年の金融危機は事前に予測する事も可能だった筈だ、と映画製作陣は主張したいのである。この事態を予測できなかった者が慌てふためき、崩壊していく社会の有り様を指をくわえて見守るしかできなかったのに対し、予測できた者はさっさと逃げ出し、自分だけが助かる為に手を打っていたのだから。実際、この金融危機によって多くの韓国国民が路頭に迷い、自殺者も増大したが、傷ひとつ負わずにむしろ得をした者も少なからず存在したのである。それまでの国民全員が経済成長の為に尽力し、等しくその恩恵を受ける、という幻想が崩れ去り、おそらくはここから韓国社会の分断は始まったのである。
結局、韓国はIMF国際通貨基金)に救済を申請し、580億ドルの金融支援を受けてデフォルトを免れる事になる。IMFが資金援助の前提として提示した条件は、不採算金融機関の業務停止、外国人投資家に対する規制緩和、労働規制の緩和による企業優遇措置など。要するに、ネオリベ的政策で国際競争力を増大させ、金融市場の自由化によって外資をもっと呼び込め、という訳である。通貨政策チーム長ハン・シヒョンは、こうした条件は行き過ぎた介入であり、国内経済を疲弊させ、多くの労働者を苦境に追い込む結果にしかならない、と強硬に反対するが、時の権力によって交渉の場から外されてしまう。このIMFとの覚書が韓国経済に及ぼした影響は大きく、その後の韓国では失業者や自殺者が飛躍的に増大したという。
さて、韓国がIMFから無理やり押し付けられたこれらの政策を、現在、日本の政治家や官僚たちはなぜか自らの手で推し進めている。半数近くの国民がその政権を支持し、景気が徐々に回復していると信じ込まされているが、果たしてこのままでいいのだろうか。もしかすると、我が国の高官たちはやがて来る破産の日を見越して、自分たちだけさっさと逃げ出す準備を進めているのではないか。映画『国家が破産する日』は「私は、2度は負けない」というハン・シヒョンの言葉で終わる。しかし、真に恐ろしいのは、負けている事にすら気づかない、という事態なのだ。

 

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マネー・ショート華麗なる大逆転 (字幕版)

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  • 発売日: 2016/06/22
  • メディア: Prime Video
 

2000年代のリーマンショックを描いたこの作品でも、金融危機の兆候をいち早く掴んだ投資家たちが空売りによって莫大な利益を得る様を描いている。ただ、この作品ではそうした行為を無尽蔵に膨張し続ける金融資本主義への抵抗として捉えている様だ。 

ギャスパー・ノエ『CLIMAX クライマックス』

 

CLIMAX クライマックス Blu-ray 通常版

CLIMAX クライマックス Blu-ray 通常版

  • 出版社/メーカー: Happinet
  • 発売日: 2020/06/03
  • メディア: Blu-ray
 

本作のサントラを見るとAphex TwinやDaft Pank、懐かしいところではGiorgio MoroderやGary Numan、Soft Cellなんて名前が並んでいる。本作の舞台は1996年なので、楽曲については、その当時流行していたフレンチ・ハウスが採用されている様だが、それ以外にギャスパー・ノエ自身が好きな曲も混じっているのだろう。
音楽だけに限った話ではない。映画の冒頭、ダンサー達のインタビュー映像が流れるTVの横には、様々な本やDVDが積み重ねられているが、これは全て監督自身の私物らしい。これまで問題作を発表し続けてきたギャスパー・ノエは、どの様な作品から影響を受けたのか。非常に興味をそそられるものの、横文字に弱い私には具体的にどんな作品が並べてあるのか、画面を観ただけでは判別するのが難しい。困ったなあ、と思っていたら、ありがたい事にとあるブログでそのほとんどをリストアップしてくれていた。そこから本作にインスピレーションを与えたと思われる作品をピックアップしてみよう。書籍では『善悪の彼岸ニーチェ)』『日常生活における精神病理(フロイト)』『眼球譚バタイユ)』『変身(カフカ)』といったあたり。DVDでは『ポゼッション(アンジェイ・ズラウスキー)』『ソドムの市(ピエル・パオロ・パゾリーニ))』『アンダルシアの犬(ルイス・ブニュエル)』『サスペリアダリオ・アルジェント)』『ゾンビ(ジョージ・A・ロメロ)』などである。
このラインナップから本作の概要をまとめてみれば、閉鎖空間を舞台にしたサバイバル・ホラーのフォーマットに、ダンスや薬物を媒介とした自我の消失、禁忌からの解放、暴力や性に対する潜在的欲望の発露を、ある面では病理として、ある面では超越性への足掛かりとして捉える、といったテーマを盛り込んでいるのだろう…何だか身も蓋もない話になってしまったが、こうした他愛もないと言えば他愛もないテーマを、露悪的で装飾過多な演出でデコレートし、フリーキーな夢幻的世界を作り上げる事こそが、ギャスパー・ノエにとっての映画表現なのである。その稚気溢れる語り口は、彼が敬愛してやまないルイス・ブニュエルに近いのかもしれない。正直、カメラを動かし過ぎて何が何だかよくわかんねえよ、というシーンもあるにはあったが、とにかく唯一無二の体験が味わえる97分間ではあった。

 

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サスペリア [Blu-ray]

サスペリア [Blu-ray]

  • 出版社/メーカー: ギャガ
  • 発売日: 2019/07/02
  • メディア: Blu-ray
 

劇中に登場したのはオリジナル版のDVDだが、赤いライトに染め上げられたクライマックスシーンなど、今作はルカ・グァダニーノによるリメイク版にも雰囲気が似ている。以前に感想も書いています。

 

皆殺しの天使 HDマスター [DVD]

皆殺しの天使 HDマスター [DVD]

  • 出版社/メーカー: IVC,Ltd.(VC)(D)
  • 発売日: 2015/08/31
  • メディア: DVD
 

ギャスパー・ノエの敬愛するルイス・ブニュエルの、メキシコ時代の傑作。不可解な理由によってパーティから帰れなくなった人々のユーモラスな姿を通じて、荒々しい暴力の生まれる瞬間を描く。不穏なラストシーンが印象的。

何か面白そうな映画ある?(2019年11月後半)

あるよ。という訳で、11月後半の注目作をご紹介。11月は注目作ラッシュでとにかく時間が足りない。ブログで紹介した以外では、『CLIMAX クライマックス』や『国家が破産する日』なんかも観に行きたいのだが…
 
 

https://www.zombie-land.jp/

なぜか公式サイトが埋め込みでリンク貼れないんだが…意味が分からん。豪華キャストで公開前から話題になっている本作だが、実は前作未見である。公開される前にそちらを先に観ておかないと…と、どんどん時間が削られて行く。

 
イ・サングン『EXIT』

韓国で大ヒットを記録した、ディザスター・ムービー。有毒ガスが上昇する中、元山岳部の青年が高層ビルを登り、飛び、逃げまくる。ドウェイン・ジョンソンが主演した『スカイスクレイパー』みたいな感じかな。そういや、『スカイスクレイパー』も未見だから観ておかないと…と、どんどん時間が削られて行く。
 
マイク・フラナガン『ドクター・スリープ』

スティーヴン・キングの名作『シャイニング』の続編を、同じキング原作の『ジェラルドのゲーム』で監督を務めたマイク・フラナガンが映画化。予告編を見る限り、キングの原作だけでなく、キューブリック版『シャイニング』の続編としても作られている様で、かなり興味を惹かれる。公開前に、キューブリック版を観返しておくか…と、どんどん時間が削られて行く。
 
とまあ、こんなところにしておこう。そういや、イザベル・ユペール主演の『グレタ』も面白そうだったなあ。あ、『シャイニング』で思い出したけど、キューブリックのドキュメンタリーも2作公開されてるんだった、それも観たい…と、どんどん時間が削られて行く。

シュリーラーム・ラーガヴァン『盲目のメロディ~インド式殺人協奏曲~』

 

盲目のメロディ ~インド式殺人狂騒曲~ [Blu-ray]

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  • 出版社/メーカー: Happinet
  • 発売日: 2020/05/08
  • メディア: Blu-ray
 

ご承知の通り、インドは年間映画制作本数世界一位の映画大国である。しかしながら、その膨大な作品群のごく一部しか我が国では公開されていない。上映時間がやたら長くて、合間に歌と踊りが入って…というのが、我々がインド映画に抱いているイメージだが、それも極めて少ない公開作品の中から作り上げたものに過ぎない。実際には、インドでも様々なジャンル、様々な手法の作品が次々と作られているのだろうし、最近は『ガリーボーイ』の様な、私たちの固定観念を覆す作品も紹介され始めている。
本作の監督を務めたシュリーラーム・ラーガヴァンのフィルモグラフィを見ると、どうやらクライム映画を得意としている監督らしく、特に2015年公開の『復讐の町』の評判が非常に良かったようだ。で、そっちも観てみるか、と思ったら、日本ではソフト未発売なのでどうにもならない。結局、我が国のインド映画需要なんてその程度のものなのだろう。せめてデジタル配信ぐらい実現して欲しいものだが…
本当は眼が見えるくせに盲目のふりをして演奏を続けるピアニストが、ある日演奏依頼を受けて訪ねた豪邸で殺人事件の現場を目撃してしまう…このあらすじを読んで、ははあ、主人公は佐村河内守みたいな奴なんだな、と予想し鑑賞に臨んだ。障害者のふりをして人々の同情や関心を呼んで金儲けを企んでいるふてえ野郎だ、と思い込んでいたのである。しかし、実際は違っていた。主人公アーカーシュは、盲人として生活すれば、より音楽に集中する事ができるのではないか、というアーティストとしての探求心から盲目のふりをしていた、と劇中で説明されるのである。
何か呑み込みづらい設定ではあるが、まあ良いだろう。殺人事件を目撃したアーカーシュは、すぐ警察に駆け込むが、そこで事件の犯人が警察署長であった事を知り、何も言えなくなってしまう。犯人に本当は眼が見えていた事を知られたら、自分の命すら危うくなる。彼は、否応なく盲人のふりをし続けなければならない羽目に陥ってしまうのだった…
警察署長が犯人なんて書いちゃって、ネタバレじゃないか!と怒る方もいるかも知れないがご安心を。ここまではほんの導入部で、本作はこの後、とんでもない展開に向けて突っ走っていくのである。次々とクセのある人物が登場し、ツイストを繰り返して観客を翻弄するストーリーラインは、確かにクエンティン・タランティーノの作品に似ているかもしれない。あるいは、『ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ』や『ユージュアル・サスペクツ』なんかがお好きな人も楽しめるのではないか。ラストの引っ繰り返しも気が利いている。
という訳で、『盲目のメロディ~インド式殺人協奏曲~』は、私たちがインド映画に抱いているイメージを覆す、洒落たクライム・ムービーに仕上がっている。しかし、エンドクレジットを最後まで観れば、本作がインド映画の長い歴史に敬意を払い、その系譜を受け継ごうとする作品である事が分かるだろう。作り手の意図を完全に理解するには、私たちはインド映画についての知識が余りにも乏しい、と実感させられた。

 

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こちらは聞こえるのに聞こえないふりをしていた人のお話。「現代のベートーベン」とまで称された佐村河内守ゴーストライター騒動以後の姿を追った、森達也によるドキュメンタリー。

白石和彌『ひとよ』

「15年経ったら戻ってくる―」
あるどしゃぶりの夜、タクシー会社を営む稲村家の母こはるは、家族に見境なく暴力を振るってきた夫をとうとう殺めてしまう。15年後の再開を子供たちに約束し警察に出頭したこはるは、刑期を終えてからも、とうとう家に戻る事はなかった。そして、15年後。癒えぬ心の傷を抱えたまま大人になった三人の子供たち、大樹、雄二、園子の前に、行方知れずだった母こはるが突然現れる―
暴力映画からヒューマンドラマまで、幅広いジャンルで次々と意欲作を発表し続ける白石和彌の新作は、劇作家桑原裕子の戯曲を映像化した家族再生の物語である。突然の母の帰宅にうろたえ、戸惑う三兄妹の姿を描きつつ、その合間に彼らの子供時代のエピソードが挿入される。
といっても、この回想シーンは非常に凝った形で劇中に組み込まれている。単純にシーンが切り替わるのではなく、襖や窓といった媒介物を使って、地滑り的に現代から過去へと物語が移行するのだ。こうした手法は『凶悪』の一部でも使われていたが、この様なシームレスな時間の移行は、彼らが未だ過去の記憶に捕らわれている事、いくら忘れようとしても、現在が過去の延長でしかない事を指し示しているだろう。
彼らが、過去の悲劇から未だ脱する事ができないのは、事件そのものに納得のできる説明が為されていないからである。それまでいかなる暴力にも耐え、子供たちを守り続けてきた母がなぜあの夜、父を殺したのか。そして、彼女が15年間姿を見せなかったのはいかなる理由によるのか。そして、なぜ彼女は今頃になって戻ってきたのか。こうした当然とも言える疑問は、劇中でも登場人物の口を借りて何度も発せられる。しかし、母こはるから明確な答えが与えられる事はない。それはいつまでも理解不能な空白として、物語の中心点に存在し続けるのだ。物語の最終盤、自宅の庭であらぬ一点を見つめて立ちすくむこはるの姿には、不可解さを不可解さのままとして生き続ける女の痛ましい程の覚悟が垣間見える。
さて、本作には稲村家の他に幾つかの家族の物語が並行して描かれているのだが、その中でも重要なのが、稲村家のタクシー会社にドライバーとして入社した堂下道生のエピソードである。構成上、仕方のない面もあるとはいえ、堂下の過去は劇中で最小限の説明しかされていない。その為、クライマックスのカーチェイスに至る展開は少々唐突過ぎる面も否めないが、いずれにせよ、ここでは稲村家が拘泥し続けてきた「一夜」と、堂下が心の拠り所としてきた「一夜」が不意に交錯し、時空を超えた「父と子の対話」が成立する事になる。それはもちろん、酒の酔いと激情が生み出した束の間の虚構に過ぎない。彼らが抱える「一夜」の特別さはあくまで個人的な意味しか持たず、決して他人には共有できない不可解なものである事は先程述べた通りだからだ。
しかし、白石和彌は真夜中のカーチェイスシーンから続く、車の「衝突」というアクションによって、それぞれの「特別な一夜」を―たとえ束の間であっても―融和させてみせる。この衝突と融和が人々の心に癒しをもたらしたのだとすれば、その奇跡を目撃した我々もまた、「特別な一夜」を過ごしたと言えるのではないか。

 

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そこのみにて光輝く 豪華版Blu-ray

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  • 出版社/メーカー: TCエンタテインメント
  • 発売日: 2014/11/14
  • メディア: Blu-ray
 

本作では具体的な地名は出てこないのだが、同じ北海道の貧困家庭を描いた1作として、こちらもお勧め。松岡茉優池脇千鶴が演じた役柄にも重なる所が多い。