事件前夜

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チェ・グクヒ『国家が破産する日』

 

国家が破産する日 [DVD]

国家が破産する日 [DVD]

  • 出版社/メーカー: 株式会社ツイン
  • 発売日: 2020/04/08
  • メディア: DVD
 

この映画で扱われている1997年のアジア通貨危機とはいったいどの様なものだったのか。もちろん、映画の中でもある程度は説明されているが、まずはその概要を韓国の立場に立って簡単にまとめておこう。
1988年のソウルオリンピック以降、未曽有の経済成長を遂げていた韓国は1996年、念願のOECD(経済開発協力機構)への加盟を果たす。人々は好景気が続く事を信じて疑わなかったが、その裏では同族や家族で構成された一部の財閥による独占的な市場支配など、旧態依然とした経済構造が徐々に綻びを見せ始めていた。
長らく経常収支の赤字が続いていたアメリカが、1995年から経済対策としてドル高誘導へと舵を切った事で、ドルに対し為替レートを固定して自国の通貨価値を守ってきたほとんどのアジア諸国は輸出が伸び悩む様になってくる。韓国も例外ではなく、中央銀行保有する外貨準備金は目減りする一方であった。
ここに目をつけたのが、欧米のヘッジファンドである。彼らは、通貨レートが実態経済と乖離している事に気づき、過大評価を受けている通貨を空売りして値を下げ、安くなった時点で買い戻す事で利益を得ようと画策したのだ。その結果、韓国は対ドル固定相場制を維持できなくなり、ウォンの価値は急激に下落していく。
海外投資家からも投資を引き上げられ、大手企業の倒産が相次ぐ様になり、街に失業者が溢れ、金融機関は多額の不良債権を抱えて破綻に追い込まれる。この時、韓国の抱えていた対外債務は300億ドル超。まさに、デフォルト寸前の状態であった。
デフォルト回避の為に奔走する通貨政策チーム長ハン・シヒョン、この危機を利用して莫大な富を得ようとする投資家ユン・ジョンハク、突然の経済不況に巻き込まれ、破産寸前に追い込まれる食器工場経営者ガプス。本作は立場の異なる3人の主人公を用意し、それぞれの視点からサスペンスフルに物語を進めていく。この構成によって、当時の韓国が抱えていた問題を、より多角的に捉える事ができると製作陣は考えたのだろう。そして、その試みは見事に成功している。
大統領をはじめとする政治家たちは混乱を恐れて国民から真実を隠し、右往左往徒して徒に時間を空費するばかりだ。一部の官僚は事態の深刻さに気付いているが、本質的な解決策を模索する気はさらさら無く、逆にこの混乱に乗じて自らが望むような国に作り変えようと画策してる。大衆はそれまで、政府が喧伝する右肩上がりの成長を盲目的に信じ込んでいたが、一旦その信頼が揺らぎ始めると一斉にパニックを起こす。財閥の経営陣は、それまでの放漫経営がこの危機を引き起こした事にすら無自覚のままである。その中で、目ざといハゲタカファンドは金融テロとも言える暴力的な投資によって、暴利を貪っている。
要するに、1997年の金融危機は事前に予測する事も可能だった筈だ、と映画製作陣は主張したいのである。この事態を予測できなかった者が慌てふためき、崩壊していく社会の有り様を指をくわえて見守るしかできなかったのに対し、予測できた者はさっさと逃げ出し、自分だけが助かる為に手を打っていたのだから。実際、この金融危機によって多くの韓国国民が路頭に迷い、自殺者も増大したが、傷ひとつ負わずにむしろ得をした者も少なからず存在したのである。それまでの国民全員が経済成長の為に尽力し、等しくその恩恵を受ける、という幻想が崩れ去り、おそらくはここから韓国社会の分断は始まったのである。
結局、韓国はIMF国際通貨基金)に救済を申請し、580億ドルの金融支援を受けてデフォルトを免れる事になる。IMFが資金援助の前提として提示した条件は、不採算金融機関の業務停止、外国人投資家に対する規制緩和、労働規制の緩和による企業優遇措置など。要するに、ネオリベ的政策で国際競争力を増大させ、金融市場の自由化によって外資をもっと呼び込め、という訳である。通貨政策チーム長ハン・シヒョンは、こうした条件は行き過ぎた介入であり、国内経済を疲弊させ、多くの労働者を苦境に追い込む結果にしかならない、と強硬に反対するが、時の権力によって交渉の場から外されてしまう。このIMFとの覚書が韓国経済に及ぼした影響は大きく、その後の韓国では失業者や自殺者が飛躍的に増大したという。
さて、韓国がIMFから無理やり押し付けられたこれらの政策を、現在、日本の政治家や官僚たちはなぜか自らの手で推し進めている。半数近くの国民がその政権を支持し、景気が徐々に回復していると信じ込まされているが、果たしてこのままでいいのだろうか。もしかすると、我が国の高官たちはやがて来る破産の日を見越して、自分たちだけさっさと逃げ出す準備を進めているのではないか。映画『国家が破産する日』は「私は、2度は負けない」というハン・シヒョンの言葉で終わる。しかし、真に恐ろしいのは、負けている事にすら気づかない、という事態なのだ。

 

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2000年代のリーマンショックを描いたこの作品でも、金融危機の兆候をいち早く掴んだ投資家たちが空売りによって莫大な利益を得る様を描いている。ただ、この作品ではそうした行為を無尽蔵に膨張し続ける金融資本主義への抵抗として捉えている様だ。