事件前夜

主に映画の感想を書いていきます。

何か面白そうな映画ある?(2019年11月後半)

あるよ。という訳で、11月後半の注目作をご紹介。11月は注目作ラッシュでとにかく時間が足りない。ブログで紹介した以外では、『CLIMAX クライマックス』や『国家が破産する日』なんかも観に行きたいのだが…
 
 

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なぜか公式サイトが埋め込みでリンク貼れないんだが…意味が分からん。豪華キャストで公開前から話題になっている本作だが、実は前作未見である。公開される前にそちらを先に観ておかないと…と、どんどん時間が削られて行く。

 
イ・サングン『EXIT』

韓国で大ヒットを記録した、ディザスター・ムービー。有毒ガスが上昇する中、元山岳部の青年が高層ビルを登り、飛び、逃げまくる。ドウェイン・ジョンソンが主演した『スカイスクレイパー』みたいな感じかな。そういや、『スカイスクレイパー』も未見だから観ておかないと…と、どんどん時間が削られて行く。
 
マイク・フラナガン『ドクター・スリープ』

スティーヴン・キングの名作『シャイニング』の続編を、同じキング原作の『ジェラルドのゲーム』で監督を務めたマイク・フラナガンが映画化。予告編を見る限り、キングの原作だけでなく、キューブリック版『シャイニング』の続編としても作られている様で、かなり興味を惹かれる。公開前に、キューブリック版を観返しておくか…と、どんどん時間が削られて行く。
 
とまあ、こんなところにしておこう。そういや、イザベル・ユペール主演の『グレタ』も面白そうだったなあ。あ、『シャイニング』で思い出したけど、キューブリックのドキュメンタリーも2作公開されてるんだった、それも観たい…と、どんどん時間が削られて行く。

シュリーラーム・ラーガヴァン『盲目のメロディ~インド式殺人協奏曲~』

 

盲目のメロディ ~インド式殺人狂騒曲~ [Blu-ray]

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  • 出版社/メーカー: Happinet
  • 発売日: 2020/05/08
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ご承知の通り、インドは年間映画制作本数世界一位の映画大国である。しかしながら、その膨大な作品群のごく一部しか我が国では公開されていない。上映時間がやたら長くて、合間に歌と踊りが入って…というのが、我々がインド映画に抱いているイメージだが、それも極めて少ない公開作品の中から作り上げたものに過ぎない。実際には、インドでも様々なジャンル、様々な手法の作品が次々と作られているのだろうし、最近は『ガリーボーイ』の様な、私たちの固定観念を覆す作品も紹介され始めている。
本作の監督を務めたシュリーラーム・ラーガヴァンのフィルモグラフィを見ると、どうやらクライム映画を得意としている監督らしく、特に2015年公開の『復讐の町』の評判が非常に良かったようだ。で、そっちも観てみるか、と思ったら、日本ではソフト未発売なのでどうにもならない。結局、我が国のインド映画需要なんてその程度のものなのだろう。せめてデジタル配信ぐらい実現して欲しいものだが…
本当は眼が見えるくせに盲目のふりをして演奏を続けるピアニストが、ある日演奏依頼を受けて訪ねた豪邸で殺人事件の現場を目撃してしまう…このあらすじを読んで、ははあ、主人公は佐村河内守みたいな奴なんだな、と予想し鑑賞に臨んだ。障害者のふりをして人々の同情や関心を呼んで金儲けを企んでいるふてえ野郎だ、と思い込んでいたのである。しかし、実際は違っていた。主人公アーカーシュは、盲人として生活すれば、より音楽に集中する事ができるのではないか、というアーティストとしての探求心から盲目のふりをしていた、と劇中で説明されるのである。
何か呑み込みづらい設定ではあるが、まあ良いだろう。殺人事件を目撃したアーカーシュは、すぐ警察に駆け込むが、そこで事件の犯人が警察署長であった事を知り、何も言えなくなってしまう。犯人に本当は眼が見えていた事を知られたら、自分の命すら危うくなる。彼は、否応なく盲人のふりをし続けなければならない羽目に陥ってしまうのだった…
警察署長が犯人なんて書いちゃって、ネタバレじゃないか!と怒る方もいるかも知れないがご安心を。ここまではほんの導入部で、本作はこの後、とんでもない展開に向けて突っ走っていくのである。次々とクセのある人物が登場し、ツイストを繰り返して観客を翻弄するストーリーラインは、確かにクエンティン・タランティーノの作品に似ているかもしれない。あるいは、『ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ』や『ユージュアル・サスペクツ』なんかがお好きな人も楽しめるのではないか。ラストの引っ繰り返しも気が利いている。
という訳で、『盲目のメロディ~インド式殺人協奏曲~』は、私たちがインド映画に抱いているイメージを覆す、洒落たクライム・ムービーに仕上がっている。しかし、エンドクレジットを最後まで観れば、本作がインド映画の長い歴史に敬意を払い、その系譜を受け継ごうとする作品である事が分かるだろう。作り手の意図を完全に理解するには、私たちはインド映画についての知識が余りにも乏しい、と実感させられた。

 

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こちらは聞こえるのに聞こえないふりをしていた人のお話。「現代のベートーベン」とまで称された佐村河内守ゴーストライター騒動以後の姿を追った、森達也によるドキュメンタリー。

白石和彌『ひとよ』

「15年経ったら戻ってくる―」
あるどしゃぶりの夜、タクシー会社を営む稲村家の母こはるは、家族に見境なく暴力を振るってきた夫をとうとう殺めてしまう。15年後の再開を子供たちに約束し警察に出頭したこはるは、刑期を終えてからも、とうとう家に戻る事はなかった。そして、15年後。癒えぬ心の傷を抱えたまま大人になった三人の子供たち、大樹、雄二、園子の前に、行方知れずだった母こはるが突然現れる―
暴力映画からヒューマンドラマまで、幅広いジャンルで次々と意欲作を発表し続ける白石和彌の新作は、劇作家桑原裕子の戯曲を映像化した家族再生の物語である。突然の母の帰宅にうろたえ、戸惑う三兄妹の姿を描きつつ、その合間に彼らの子供時代のエピソードが挿入される。
といっても、この回想シーンは非常に凝った形で劇中に組み込まれている。単純にシーンが切り替わるのではなく、襖や窓といった媒介物を使って、地滑り的に現代から過去へと物語が移行するのだ。こうした手法は『凶悪』の一部でも使われていたが、この様なシームレスな時間の移行は、彼らが未だ過去の記憶に捕らわれている事、いくら忘れようとしても、現在が過去の延長でしかない事を指し示しているだろう。
彼らが、過去の悲劇から未だ脱する事ができないのは、事件そのものに納得のできる説明が為されていないからである。それまでいかなる暴力にも耐え、子供たちを守り続けてきた母がなぜあの夜、父を殺したのか。そして、彼女が15年間姿を見せなかったのはいかなる理由によるのか。そして、なぜ彼女は今頃になって戻ってきたのか。こうした当然とも言える疑問は、劇中でも登場人物の口を借りて何度も発せられる。しかし、母こはるから明確な答えが与えられる事はない。それはいつまでも理解不能な空白として、物語の中心点に存在し続けるのだ。物語の最終盤、自宅の庭であらぬ一点を見つめて立ちすくむこはるの姿には、不可解さを不可解さのままとして生き続ける女の痛ましい程の覚悟が垣間見える。
さて、本作には稲村家の他に幾つかの家族の物語が並行して描かれているのだが、その中でも重要なのが、稲村家のタクシー会社にドライバーとして入社した堂下道生のエピソードである。構成上、仕方のない面もあるとはいえ、堂下の過去は劇中で最小限の説明しかされていない。その為、クライマックスのカーチェイスに至る展開は少々唐突過ぎる面も否めないが、いずれにせよ、ここでは稲村家が拘泥し続けてきた「一夜」と、堂下が心の拠り所としてきた「一夜」が不意に交錯し、時空を超えた「父と子の対話」が成立する事になる。それはもちろん、酒の酔いと激情が生み出した束の間の虚構に過ぎない。彼らが抱える「一夜」の特別さはあくまで個人的な意味しか持たず、決して他人には共有できない不可解なものである事は先程述べた通りだからだ。
しかし、白石和彌は真夜中のカーチェイスシーンから続く、車の「衝突」というアクションによって、それぞれの「特別な一夜」を―たとえ束の間であっても―融和させてみせる。この衝突と融和が人々の心に癒しをもたらしたのだとすれば、その奇跡を目撃した我々もまた、「特別な一夜」を過ごしたと言えるのではないか。

 

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そこのみにて光輝く 豪華版Blu-ray

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  • 出版社/メーカー: TCエンタテインメント
  • 発売日: 2014/11/14
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本作では具体的な地名は出てこないのだが、同じ北海道の貧困家庭を描いた1作として、こちらもお勧め。松岡茉優池脇千鶴が演じた役柄にも重なる所が多い。

ホン・スンワン『8番目の男』

 

8番目の男 [DVD]

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  • 出版社/メーカー: TCエンタテインメント
  • 発売日: 2020/02/05
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この映画、一応実話をもとに再構成したという謳い文句になっているのだが…いや、さすがにそれはないだろう。韓国初の陪審員裁判(韓国では国民参与裁判と呼ぶ)が無罪判決になった、という点は事実なのだろうが、残りは完全なフィクションだと考えた方がいい。というのも、本作のプロットはシドニー・ルメットの名作『十二人の怒れる男』や、その本歌取りとも言える三谷幸喜脚本、中原俊監督の『十二人の優しい日本人』のそれとほとんど同じだからである。こんな裁判が実際にあったら、世界中の映画ファンが大騒ぎしていただろう。
事件そのものの概要は『十二人の怒れる男』に似ているが(子供による親殺し、という点や殺人現場の真向いにある建物に目撃者がいた、という点など)、陪審員同士のユーモラスなやり取りや、スラップスティックな展開は『十二人の優しい日本人』の方により近い。というより、本作は三谷幸喜作品からの影響が非常に大きく、三谷幸喜が韓国資本で撮った新作、と言っても通用しそうな仕上がりである。キャラクター造形ひとつとっても、例えばムン・ソリ演じる女性裁判長は戸田恵子鈴木京香でもいいが)、その両脇に入る裁判官2人は伊藤俊人白井晃陪審員に召集された不思議な雰囲気の少女は小日向文世狂言回し的な役割を務める清掃員のおばちゃんは片桐はいり、といった風に三谷幸喜作品おなじみのキャストがすぐに頭に浮かぶぐらいなのだ。パク・ヒョンシク演じる主人公は若い頃の筒井道隆、といったところだろうか。
別に、パクリだとか何だとか言うつもりはありません。そもそも『12人の優しい日本人』だって、『12人の怒れる男』のパロディとして作られたのだ。それに、陪審員が実際に現場検証に出掛けたり、裁判官と直接交渉したり、といった本作独自の展開もしっかり存在する。先行する2作が基本的には陪審員同士の会話だけで成り立つ密室劇だったところを、本作はより派手な展開を盛り込みストレートな法廷サスペンスへと作り変えている。そして、この変更に伴い『8番目の男』では、事件の真相がより具体的かつ客観的な形で観客に提示されている点も重要だ。
基本的に、登場人物が裁判所の事務室からいっさい出る事の無い『12人の怒れる男』では、事件の真相はいっさい分からないまま終わる。陪審員によって証明されたのは、被告を犯人と断定する根拠は無い、という事だけ。『12人の優しい日本人』では、一応真相らしきものが用意されているが、それも実際に検証される訳ではなく、あくまでもロジックによって導き出された仮説として示されるに過ぎない。要するに、事件の真相など問題ではないのだ。重要なのは「疑わしきは被告人の利益」という法の大原則を守る事と、偏見や思い込みを捨てて事実と向き合う事なのである。『12人の怒れる男』の感動的なラストを観れば、この映画で裁かれていたのは被告ではなく、実は(陪審員を含む)私たちであった事が分かる。この点については、パロディとはいえ『12人の優しい日本人』でもきっちりと踏襲されていた。『8番目の男』は、ミステリー映画らしい「意外な真相」に重きを置いた為に、この重要なモチーフがいささか薄れてしまった気がする。

 

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シドニー・ルメットの言わずと知れた名作。 『8番目の男』は冬が舞台だが、本作はうだる様な暑さの中で展開する。裁判所から出てきた陪審員が雨上がりの濡れた歩道を去っていくラストシーンが印象的。

 

12人の優しい日本人【HDリマスター版】 [DVD]

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  • 出版社/メーカー: オデッサ・エンタテインメント
  • 発売日: 2012/03/30
  • メディア: DVD
 

三谷幸喜の戯曲を『櫻の園』の中原俊が映画化。『12人の怒れる男』の設定を引っ繰り返し、捧腹絶倒の展開を盛り込みながら、陪審員ものとして抑えるべきところはきっちり抑える。「脚本家」三谷幸喜の天才性が如何なく発揮された作品である。

石川慶『蜜蜂と遠雷』

 

蜜蜂と遠雷Blu-ray豪華版(2枚組)

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  • 出版社/メーカー: 東宝
  • 発売日: 2020/04/15
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人気作家、恩田陸による直木賞受賞作の映画化、となれば思い入れの強いファンも数多くいるだろうし、原作の世界がどれぐらい忠実に映像化されているか、というのも本作を評価するポイントのひとつだろう。しかし、私は原作未読の為にその辺りの出来不出来がよく分からない。そもそも、恩田陸宮部みゆきと並んで苦手な作家の一人で『六番目の小夜子』と『不安な童話』ぐらいで読むのをやめてしまった。まあ、そんな昔の作品の印象をいつまでも引きずっていてもしょうがないのだが…
原作の再現度云々を置いておくとしても、本作に課せられたハードルが相当高いものであった事は想像に難くない。何しろ、4人の一流ピアニストが国際コンクールで競い合う様を描いた物語なのだ。小説であれば、読者には実際の音が聴こえないという点を利用して、様々な文学的表現によって音のイメージを喚起させる事ができるが、映像作品となれば、それなりに説得力のある演奏を観客に聴かせねばならない。もちろん、映画でも演奏シーンを全て省略して、後は観客の想像に委ねる、という手段も採れるかもしれないが、それでは誰もが納得する作品に仕上げる事は難しいだろう。
映画版『蜜蜂と遠雷』では、各キャラクターのイメージに合う実在のピアニストを選定し、彼らに弾いてもらった音を劇中で使用する、という正攻法でこの難題に挑んでいる。まさに、自ら逃げ道を塞いだストロングスタイル。この点だけでも本作は称賛に値すると思うが、しかし、だからといってそれだけで観客が納得できるとは限らない。何せ、映画を観ている人々の大半は音楽については素人なのだ。国際コンクールに出場する様な手練れ達の演奏に優劣を付けたり、弾き手それぞれの個性を見出したりする事ができよう筈もない。そこで必要となってくるのが映画的な演出である。演奏者がピアノを弾く鬼気迫る姿、それを聴いた観客の反応、といったショットの積み重ねによって、観客は今この場で素晴らしい演奏が繰り広げられているのだ、と信じる事が可能になる。更に言えば、例えば主人公が序盤にピアノを弾く場面では70点ぐらいの、終盤では100点満点の演奏に聴こえる様な劇伴を用意したとして、それを観客が聴き分けて、ああ上達したな、と理解できる訳もないのだから、主人公の成長を描くには、やはり誰しも納得できるエピソードを用意しドラマとして語らなければならないだろう。その点、この作品は十分すぎるほどの成果を挙げている。まだ劇場用長編第2作目だが、監督、脚本、編集と一人三役を務めた石川慶の実力は相当なものだと断言できる。
さて、前段で私は成長、と書いた。それでは、栄伝亜夜を始めとする主人公たちが、眼の前に立ち塞がる壁を乗り越えるきっかけは、どこにあったのだろうか。結論めいた事を言ってしまえば、それは「聴く」という行為そのもの、なのである。映画を観た方ならお分かりだろうが、本作では主人公たちがピアノを弾く、つまり音を「発する」場面以上に、音を「聴く」場面が多い。もちろん、ライバルたちの演奏を聴いて刺激を受け、自身の音楽が変化していく、という馴染みのある展開も用意されている。しかし、より重要なのは、例えば雨だれが落ちる音、波が海岸に打ち寄せる音、小鳥たちの鳴き声、といった私たちが普段聴いているはずの―いや、本当に聴いているのだろうか―ありふれた音ひとつひとつに耳を傾け、それらを自らの中に取り込むというプロセスを彼らが経験していく事だ。まさに、「世界には音が溢れている」のである。一流の演奏家になる為には、まず一流の聴き手にならなければならない、という、私たちにも―「絶対音感」といった言葉によって―何となく理解している普遍的なテーマが終盤に立ち上がってくるからこそ、ピアニストという特殊な世界を描いた本作に、観客は共感する事ができるのである。そうした観点から観れば、作中で度々挿入される馬が走るシーンの意味も理解できるだろう。この場面を観て、ああ、馬が走ってるな、で終わってはならない。馬の蹄が土を蹴りたてる音、荒い息づかい、肌を流れ落ちる汗の音まで、私たちは聴き取ろうと努めなければならないのだ。
世界と対峙し、その音を体内に取り込み、自分だけの音楽として変奏し世界を鳴らす事。それは、世界そのものを自らの望むように作り変えてしまう行為であり、要するに音楽とはそもそもエゴイスティックで、インモラルな性格を持っているのだ。松岡茉優演じる栄伝亜夜と、鈴鹿央士演じる風間塵が月明りを全身に浴びながら、即興連弾する場面の危ういほどのエロチックさは、音楽が本来持つ、背徳的な官能性と通じているだろう。

 

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愚行録 (特装限定版) [Blu-ray]

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  • 発売日: 2017/08/29
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石川慶監督の長編監督デビュー作。ミステリー作家貫井徳郎直木賞候補作を映画化したサイコサスペンスだが、固定ショットと手持ちカメラによる撮影を場面に応じて巧みに使い分ける演出など、新人とは思えない力量に驚かされる。

 

ピアニスト (字幕版)

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  • 発売日: 2014/06/27
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ピアニストの映画というとやっぱりこれかな。ミヒャエル・ハネケ監督が音楽教授と若きピアニストの愛を通じて、音楽の素晴らしさを高らかに謳いあげた名作。嘘です。 

何か面白そうな映画ある?(2019年11月前半)

あるよ。という訳で、11月前半に公開される注目作をご紹介。最も期待していた『IT/イット THE END "それ"が見えたら、終わり。』については、もう感想も書いたので省きます。
 
カン・ユンソン『英雄都市』

マ・ドンソク主演『犯罪都市』の監督を務めたカン・ユンソンの新作は、再生回数1億回を記録したウェブ・コミックが原作。別に『犯罪都市』の続編でも何でもないが、マ・ドンソクがちょこっとだけカメオ出演しているらしい。公開規模も小さく、期間限定の上映なので公式サイトも用意されていない…
 
シュリラーム・ラガヴァン『盲目のメロディ~インド式殺人協奏曲~』

盲目を装って客を呼ぶピアニストが、演奏依頼を受けて呼ばれた豪邸で殺人現場を目撃してしまう、というシチュエーション・コメディ。今年はインド映画の多様性、奥深さが垣間見える傑作続きなのでこれも期待。
 
白石和彌『ひとよ』

犯罪映画からヒューマンドラマまで、質の高い作品をコンスタントに生み出している白石和彌監督の新作…と言っても、私は『凶悪』ぐらいしか観ていないのだが。ぼやぼやしている内に『凪待ち』も見逃してしまった。本当は傑作の匂いがプンプンする『麻雀放浪記2020』を早くソフト化して欲しい。
 
リック・ローマン・ウォー『エンド・オブ・ステイツ』

ジェラルド・バトラーの当たり役、マイク・バニングシリーズ最終作。前2作では、「こんなに簡単にホワイトハウスって占拠されるものなの?」「こんなに簡単に各国首脳が皆殺しにされちゃうものなの?」という、唖然とする展開が見どころだったのだが、あらすじを読む限り今回は巻き込まれ型サスペンスといった趣。まあ、どうせいつもの展開になると思うが…
 
とりあえず、11月15日までの公開作はこんなところ。一見すると地味だが、バラエティ豊かな作品が揃っている。

アンディ・ムスキエティ『IT/イット THE END "それ"が見えたら、終わり。』

 

前作はすごく面白かったよね!数多あるジュブナイル・ホラーの中でも指折りの傑作と言っていい。具体的にどこが面白かったか、というと…実は、はっきり思い出せない。何せ、前作が公開されてから2年ぐらい経ってるのだ。今作では前作の主人公たちの27年後の姿が描かれているのだが、そもそもどんな奴がいたのかすら忘れてしまった。何か口の悪いメガネと内気なデブがいた事は記憶にあるが…
正直、歳をとると物忘れがひどくなって、数年前に観た映画の内容なんて覚えていられない。昨日、夕飯に何を食べたのかすら記憶が曖昧なのだ。仕方がないから続編を観る前に、前作をもう1度観ておさらいしておくか…と、いう方は多いと思う。しかし、今作に限ってはそのうろ覚えの状態で映画館に行って頂きたい。私の様に、前作は観たけれど内容を忘れてしまった、という方は、間違っても鑑賞前におさらいなどしない事だ。
こんな事を言うのも、本作『IT/イット THE END "それ"が見えたら、終わり。』が、前作の出来事を所々で振り返り、初見の方でも何となく話の流れが掴める様になっているから、という理由だけではない。実は、27年経って立派な大人になったかつての少年少女たちは、前作で描かれた惨劇の記憶をほとんど失っているのである。彼らは故郷であるメイン州デリーに帰り、また新たな恐怖と遭遇する中で、27年前に何が起きたのか、徐々に思い出していく。つまり、主人公たちは私の様に頭のぼけた観客と歩調を合わせる様に、記憶を取り戻してくのだ。
これは、非常に上手い脚本だと思う。重厚長大化が激しい最近のエンターテインメント映画では、分作形式の作品も珍しくなくなったが、たいていは申し訳程度のダイジェストを冒頭に挿入するぐらいで、前作の内容を覚えていないお前が悪い、と言わんばかりにどんどん話を進めていく。私の様に物覚えの悪い観客は律義に予習復習をして映画に臨まない限り、「こいつは前作にも登場してたキャラかなあ…それとも新キャラかなあ…」とか「前作にそんな設定あったっけ…あった様な無かった様な…」とか、ぼんやりした気持ちで時間を過ごす事になる。ちょっとサービスが悪くないですか、こっちは前後編になったおかげで倍の料金を払うんだから、とも思うのだが、お前の頭が悪いからだろ、と言われると反論できなくなってしまう…これからの映画は、みんなこの方式を採用して欲しい。
それはともかく、本作が優れているのは主人公たちの記憶の喪失と回復、という仕掛けが、観客へのサービスとして機能するだけでなく、物語上重要なテーマになっている事である。前作において、主人公の少年少女たちは皆そろってドメスティックな問題に苦しんでいた。彼らが抱えていた不安や諦め、恐怖といったネガティブな感情が、殺人ピエロ、ペニーワイズという形で現前化した、と読み解く事も可能だったろう。しかし、それから27年が経ち、少年少女たちは大人になり、親元から離れてそれぞれの独立した暮らしを営んでいる。親の束縛から解放され、当時の苦い記憶も徐々に薄れ始めているだろう。長い歳月が心の傷を癒し、彼らは過去を乗り越え平穏な生活を送っている…いや、そんなに甘いものではない。
映画の冒頭で語られる通り、忘れたい記憶ほど、いつまでも心の中に居座っているものだ。それは、日常のふとした瞬間に蘇り、再び私たちを苦しめる。トラウマと言ってしまえば簡単だが、それはいつまでもそばを離れない、モンスターの様な存在なのである。前作に引き続き主人公たちの敵としてペニーワイズが登場するが、そこに込められた恐怖の質は異なっている。前作が今、ここにある恐怖だったとすれば、今作は過去から忍び寄る恐怖なのだ。「もう1度、会いたかった」と殺人ピエロはいやらしい笑みを浮かべながら囁く。
ペニーワイズを倒すには、彼らはもう1度少年少女に戻り、心の奥底に封印していた記憶と向き合わねばならないだろう。映画は登場人物毎にエピソードを用意し、その地獄めぐりを反復構造の中で描いていく。169分という上映時間はホラー映画としては少々長過ぎるが(まあ、そもそも原作自体が長い小説なのだが)、彼らが過去と対峙し本当の意味で恐怖を乗り越えるにはそれぐらいの時間が必要だったのだろう。

 

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とはいえ、前作未見の方はこちらを観てから今作に臨む事。以前に感想も書いています。