事件前夜

主に映画の感想を書いていきます。

マーレン・アーデ『ありがとう、トニ・エルドマン』

 

ありがとう、トニ・エルドマン [Blu-ray]
 

意外に複雑な映画だな、というのが正直な感想である。予告編を見る限りでは、仕事に忙殺され人間らしさを失っている娘に、父親が度を越したユーモアを使って本当に大切な事を教えていく、みたいな話だと思っていたが、そんな説教くさい映画ではなかった。本作で描かれているのは、価値観の異なる父親と娘の、迷いと苦しみの道程である。本作の父親トニ・エルドマンは、娘に絶対的に正しい事を教え諭す立場にはない。彼はどこにいても身の置き所の無い異物感を身にまといながら、空気のよめない冗談で娘の眉を顰めさせる事しかできないのだ。しかし、彼のこの場違いっぷりが、逆に場の空気をよみ過ぎてしまう娘に、生きるためのヒントをもたらしていく。しかし、彼女が真に自分を解放する、2つのパーティ場面(イースターと親睦会)。ここで優秀な娘がとった行動は、もはや父親の思惑を超えて100点以上の答案を出してしまっている。その事に戸惑う父親と娘の間にある微妙な距離感をラストまで保ち続けた点に、作り手の誠実さを感じた。ちなみに、後半パーティ場面の爆笑必至の展開は、「ダウンタウンのごっつええ感じ」の傑作コント「ブスっ娘倶楽部」に匹敵すると思う。