事件前夜

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マーティン・キャンベル『ザ・フォーリナー/復讐者』

 

ザ・フォーリナー/復讐者 [DVD]

ザ・フォーリナー/復讐者 [DVD]

  • 発売日: 2019/11/06
  • メディア: DVD
 

予告編を観て「これは家族をテロで殺されたジャッキー・チェンがテロリストたちをカンフーでぶち殺していく話なんだろうなあ!」と期待して映画館に駆け付けた人(私もその一人だが)は、少々違和感を覚えたかもしれない。確かに、大筋としてはその様な映画である。しかし、本作は北アイルランド紛争をテーマとしたポリティカル・フィクションとしての側面が強い。まず、現在のアイルランドにおける政治状況を確認しておこう。

統一アイルランドの実現を目指して1858年に創設されたIRAは太平洋戦争終結後もゲリラ戦を繰り返すがその成果は芳しくなく、次第に組織内で主張の対立が顕在化する。やがて、政治的な統一路線を主張する一派と、あくまで武装闘争路線を貫こうとする一派に分裂し、後者は暫定IRA派と呼ばれ在ア英軍へのゲリラ攻撃を継続する。(こうした騒乱を背景に、イギリス軍が無抵抗の市民を殺戮した「血の日曜日事件」が起こる。この事件は映画の中でも触れられていた)。しかし、冷静体制の終結後、暫定IRA派は次第に態度を軟化させ、1998年にはイギリスと和平合意を結び武装解除を行う。こうした方針転換に不満を覚えた分子がRIRAやCIRAへと再分裂し小規模ながら活動を続けている。その一方で暫定IRA派の政治路線への転換により、その政治組織シン・フェイン党の影響力が北アイルランド国内で強まっていく。本作でピアーズ・ブロスナンが演じているヘネシー副首相は実際に北アイルランド政府で副首相を務めた元IRA司令官、マーティン・マクギネスをモデルにしたのだろう。

長々と北アイルランド紛争史について書いたのは、本作が現在のアイルランドをめぐる複雑な政治状況をエンターテインメント作品のプロットに織り込んだ事で、ジャッキー・チェン主演のアクション映画としては不相応な曖昧さをはらんでいる様に思ったからだ。ジャッキー演ずるクァンは、娘の敵を取る為にテロリスト達の名前を教えろとヘネシー副首相に迫る。しかし、ヘネシーはテロリストの実行犯について何ら情報を持っていないのである。クァンの強迫を受け、ヘネシーは組織内部の調査を進めていく。

現在の政治状況に照らし合わせれば、これは政治路線への転換に不満を覚えるRIRAやCIRAの様な小規模集団がテロを実行した、と考える事ができるだろう。しかし、こうしたテロ行為は過去のIRAが標榜し実行してきたものでもある。つまり、RIRAやCIRAは突然変異で生まれてきたのではなく、過去からの遺伝子を受け継いだ存在なのだ。

クァンの表面的には言いがかりとしか思えない糾弾に対し、ヘネシーが曖昧な対応しかできないのも、この事件が自らの過去の復讐である事を理解しているからだ。ベトナム戦争で米国の特殊部隊に従軍していたクァンは、世界中で癌の様に転移するテロリズムを体現する存在でもある。

 

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血の日曜日事件」をドキュメンタリータッチで描いた傑作。手持ちカメラでの撮影とぶつ切りの編集が異様な緊張感をもたらす。「ジェイソン・ボーン」シリーズで知られるポール・グリーングラスだが、本来は社会派タッチの硬派な作品が得意で、最近では『ウトヤ島、7月22日』と同じ題材を扱った『7月22日』という映画をNetflixで撮ったりしている。