事件前夜

主に映画の感想を書いていきます。

スコット・クーパー『荒野の誓い』

物語の舞台は1892年。産業革命によって急速に開拓が進むニューメキシコ州。300年間続いたインディアンとの戦争は、既に終結を迎えている。白人に敵対したインディアン達は捕らえられ、建前上、アメリカの法律に則って裁かれている。元騎兵隊大尉のジョー・ブロッカーは、現在は看守を務め、勇退までの日を指折り数える毎日だ。そんな彼に、服役中のシャイアン族首長、イエローホークとその家族を、故郷のモンタナ州まで護送しろ、という指令が下る。癌で余命幾ばくもないイエローホークは、故郷の地で死にたいと希望したのだ。かつての戦争で多くの仲間をインディアンに殺されたジョーは、複雑な感情を抱きながらも命令に従う。

上記の通り、既に先住民族との戦争については決着がついている、というのがアメリカ政府の認識である。服役中でのシャイアン族首長を故郷まで護送する、という任務も、戦争の終結アメリカ政府の民主主義的正当性を国内に知らしめる為の恩赦的行為である、と言えるだろう。しかし、実際には戦争は終結などしていない事は冒頭の凄惨な襲撃シーンを観れば一目瞭然だ。先住民族の中には、同胞を殺戮し土地を奪った白人たちを憎悪し、報復を繰り返す部族も残存しているし、白人側も戦争で多くの仲間を失い、その怒りの矛先を先住民族に向けて止まない。イエローホークを護送するジョー自身も、過去に囚われやりきれない思いを抱いている。
ジョーの盟友であるトーマスは、入隊したての新人から今までに何人のインディアンを殺したのか、と問われ、こう答える。

「殺した数は覚えていない。しかし、殺された仲間の事は忘れられない」

つまり、彼の中には憎悪だけが蓄積され、他者から向けられた憎悪についてはあえて忘却しようとしているのだ。この時点で、彼は他者を発見していないと言えるだろう。ここで言う他者とは単なる他人の事を指すのではなく、言語も思想も全てが理解不能な未知の存在である。

先住民族と激しい戦いを繰り広げてきた騎兵隊と、シャイアン族の首長、そしてコマンチ族に家族を殺された女、という、クリント・イーストウッド初期の名作『アウトロー』を想起させる旅の仲間は、モンタナ州までの道程で他者を発見する為に呼び寄せられた。その旅は、彼らが通過してきた余りにも過酷な過去を乗り越える為の通過儀礼でもあるだろう。感動的なラストシーンで、私たちは彼らが未来への足掛かりをかろうじて掴んだ事を確信する。

 

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イーストウッドが1976年に監督した西部劇の傑作。今作と設定が似ています。この当時、既に西部劇は時代遅れのジャンルだった。イーストウッドは、本作以外にも『荒野のストレンジャー』や『ペイルライダー』など、常に西部劇のオルタナティブな可能性を模索していた。その到達点が『許されざる者』である事はいうまでもない。