事件前夜

主に映画の感想を書いていきます。

ジム・ジャームッシュ『デッド・ドント・ダイ』

これぞジャームッシュと言うべき傑作『パターソン』とThe Stoogesのドキュメンタリー『ギミー・デンジャー』に続くジム・ジャームッシュの新作は、何とゾンビ映画である。確かに、これまでも『デッドマン』や『ゴーストドッグ』など、ジャンル映画に淫した作品は手掛けていたとはいえ、あまりにもミスマッチな組み合わせに戸惑われた方も多いのではないだろうか。では、なぜジャームッシュは突然ゾンビ映画を作ろうと考えたのか。映画.comのインタビューで彼はこう答えている。
 
なぜゾンビだったかと言えば、今日の人間の在り方がいろいろな意味で、よりゾンビ化してきているんじゃないかと思えたから。自分のことしか考えない、エゴイスティックな生き方だよ。たとえばいまの物質主義、消費社会によって、僕らは地球にダメージを与えているのに、それに気付かない、あるいは関心がない。そういう生き方が僕にはゾンビと共通していると思えてならなかった。映画.comインタビューより
 
これを聞いてインタビュアーの佐藤久理子は「目から鱗が落ちる心境に」なったというのだが、正直はあ?という感想しか浮かばない。こんな話で目から鱗が落ちるって、アンタそれコンタクトレンズの間違いじゃないの?という感じである。そもそも、ゾンビが大量消費社会で物欲に突き動かされて生きる私たちの似姿であるのは、ゾンビ映画の始祖ジョージ・A・ロメロが最初から提示していた事で、今に始まった話ではない。名作『ゾンビ』の舞台が大型ショッピング・モールであったのは偶然ではないのである。この程度の説教じみた話を得々と語るなんて、ジャームッシュもオッサンになったなあ…そもそも、ゾンビ映画を撮るのにいちいちこんな言い訳を用意する事自体がいかにもインテリ臭いし…などと憤慨していたのだが、別のウェブサイトに掲載されたインタビューを読み、何となく腑に落ちた。
 
僕に言わせれば、ジョージ・ロメロは「ポストモダンゾンビ映画」の達人。そこで(ジャンルを)開発し直すのではなく、建て増しをしようと思いました。そこで今回は、ロメロが始めた、ゾンビの比喩的な使い方をそのまま使っています。『ゾンビ』(1978)に出てくるゾンビたちには、ショッピングモールに行くとか、生きていたころの記憶めいたものがある。それをそのまま活かして、ゾンビがコーヒーやシャルドネ、薬や携帯電話などに惹かれていくようにしました。THE RIERインタビューより
 
これを読めば分かるとおり、ジャームッシュはロメロのゾンビ映画の革新性をきっちり把握しており、余計なことをせずにその設定をブラッシュアップしただけだ、と語っているのだ。また、自身は「スプラッター映画の大ファンではない」とも正直に明かしている。あんまりこのジャンルは得意じゃないし、よく知らないから先人の例に倣っておくか、というこの姿勢に、ジム・ジャームッシュという映画作家の良心を見た。よくよく考えれば、『デッドマン』や『ゴーストドッグ』だって、セルジオ・レオーネジャン=ピエール・メルヴィルへのリスペクトに満ちたものだったし、やっぱり信頼できる男である。
という訳で、当初の誤解は解けたものの、やはりこの映画については気になる事がある。映画.comのインタビューで語った様な説教じみた話を、相変わらず変な役ばかりやってるトム・ウェイツの口を借りて映画のラストで滔々と語らせている点だ。正直、ここまでストレートなメッセージを映画に入れるというのはジャームッシュの映画では無かった事で(まあ、フィルモグラフィの全てをチェックした訳ではないので、中にはそんな作品があるのかもしれない)、やっぱりオッサンになったのかなあ、という気がしないでもない。この点についても、ジャームッシュは先述のインタビューでその理由を明かしている。
 
僕が思うに、今まで作った映画とは正反対だからでしょう。『パターソン』は非常に内面的な、どのようにお互いを理解し合うのかという、日常のディテールを描く映画。特別なことはまったくありません。けれど『デッド・ドント・ダイ』は笑えるほど真逆の、ぶっ飛んだゾンビ映画です。だから直感的に、説教臭くならず、ダイレクトなメッセージを語れると思ったんじゃないかな。だって、始まりのメタファーがすごくわかりやすいから。ゾンビたちが、無思慮な習慣や、そのまま大人になった人たちのメタファーであることは明らかですよね。THE RIERインタビューより
 
いや、十分に説教臭かったですよ、と思わないでもないが、要するにゾンビ映画という非常に分かりやすい構造を持ったジャンルだからこそ語れる事がある、という事だろう。映画が提示する世界観が現実離れしているからこそ、直接的なメッセージを語る余地が生まれるのではないか、という計算である。これは、それまでひたすら破壊的で暴力的なギャグ漫画を描いていたいがらしみきおが、突然『ぼのぼの』という動物漫画を描き始めた理由に似ている。何かのインタビューで、いがらしは「動物漫画はお説教が唯一許されるジャンルだから」と語っていたからだ。実際、『ぼのぼの』は可愛いキャラクターたちがそれぞれの人生について悩み、迷い、よりよく生きていくにはどうすればいいのかを話し合う、アフォリズムに満ちた物語だった。
という訳で、この映画はゾンビ映画版『ぼのぼの』として、まったりと楽しめばいいと思う。そうやって考えると、アダム・ドライバーがラッコに、ビル・マーレイがアライグマに見えてくるから不思議だ。そうすると、トム・ウェイツは間違いなくシマドリネコさんだな。ティルダ・スウィントンは誰だろう…しまっちゃうおじさんか(適当)。
 
あわせて観るならこの作品

 

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  • 発売日: 2002/12/20
  • メディア: DVD
 

昔、ジャームッシュ作品のDVDが2枚1組のセットで売られていて『ストレンジャー・ザン・パラダイス』と『ダウン・バイ・ロー』のセットを買ったものだが、現在はもちろん廃盤。というか、『ゴーストドッグ』はBlu-rayも出てないのか…

 

言わずと知れたゾンビ映画の金字塔。『デッド・ドント・ダイ』でもゾンビが墓場から出てくる場面など、ど直球なオマージュを捧げています。