事件前夜

主に映画の感想を書いていきます。

緊急事態不機嫌日記(4/27~5/2)

4/27
ナインティナイン岡村の風俗嬢発言だが、まあ気持ちは分からないでもない。風俗に通い詰めて数多くの風俗嬢と接している内に、この娘たちは自分の意志で喜んでこの仕事をやっているのかな、と思い込む様になったんだろう。もちろん、そういう風俗嬢も存在するかもしれない。しかし、よくよく考えてみれば誰が好き好んでオッサンのチンコをしゃぶったりしごいたりする仕事に就きたがるか、という話で、そりゃ岡村は有名人だから喜んでいる娘もいたのかも知れないが、基本的にはやりたくない仕事の筈である。私はフェミニストではないので、あらゆる性風俗は女性に対する搾取に他ならないのだから禁止しろ、とは言わない。ただ、誰もが好き好んで今の仕事をしている訳じゃない、という事実をもっと考えるべきだと思う。今、世間から猛バッシングを受けているパチンコ屋も同じである。
ルネ・ラルーファンタスティック・プラネット』を鑑賞。既に閉館してしまった布施ラインシネマのラストショーでリバイバル上映されていたのだが、見逃してしまっていた。宮崎駿が絶賛したという話だが、なるほどヒエロニムス・ボスとマックス・エルンストがごっちゃになった様な異様としか思えない世界観は唯一無二である。特に、生物なのか植物なのかも判然としない物体が不気味に自然描写が素晴らしい。原作はフランスのSF作家ステファン・ウルの小説らしいが、ネットで検索しても詳細分からず。邦訳されていないのだろうか。
その後、アラン・ロブ=グリエ『ヨーロッパ横断特急』を鑑賞。前作『不滅の女』が非常に難解(ただ、めちゃくちゃ面白い)だったのに対し、こちらは分かりやす過ぎるほど分かりやすいメタフィクションアラン・ロブ=グリエ自身が演じる映画監督がパリからベルギー行きの列車(TEE)に乗りながら、この列車を舞台にサスペンス映画が撮れないかな、と筋書きを考え始めると、その筋書き通りの物語が現実に進行していく、という仕掛けである。しかし、監督のシナリオは単なる思い付きに過ぎないので、物語が進行していくに従って次から次へと矛盾が生じてくる。すると、隣の席に座った助手(アラン・ロブ=グリエの奥さんが演じている)がそりゃおかしいんじゃないの、とツッコミを入れてくるので、物語が少しずつ修正されていく。その度に、ジャン=ルイ・トランティニャンを主役にしたサスペンス映画のパートは語り直され、物語は様々な差異を生み出しながら反復、増殖していく。一編のB級映画のストーリーが出来上がるまでの試行錯誤を絵解きしながら、それ自体をB級映画として成立される試みである。とにかく、マリー=フランス・ピジェが可愛い。その他にも綺麗なお姉ちゃんがたくさん出てきて、裸になったり鎖で縛られたりしてくれる。アラン・ロブ=グリエのスケベっぷりがよく分かる一作。
4/28
テレワーク。どうも、非常事態宣言が延長されそうな気配が漂ってきた。という事は、外出自粛、営業自粛が継続されるという事で、映画館で映画を観る日がまた遠のいた訳だ。そんな中、配給会社東風と想田和弘監督がインターネット上に「仮説の映画館」を立ち上げるという。要するに新作映画をネット配信しようとする試みだが、特徴的なのは観客は劇場で映画を観るのと同額の1,800円の鑑賞料金を支払い、この企画に賛同した全国のミニシアターの中から、(かくまで仮想の話として)どこで映画を観るか、を選ぶことができる。その興行収益は配給会社と各劇場で折半されるので、単に配給会社だけを救うのではなく、苦境に立たされているミニシアターへの支援にも繋がるという仕掛けだ。こうした試みは非常に素晴らしいと思うし、何より想田監督の最新作『精神0』も公開されるという事で、非常に興味をそそる。私は相田監督の「観察映画」を一度も観た事が無いので、この機会にぜひ応援したい。
夕方からフランシス・フォード・コッポラゴッドファーザー』を鑑賞。以前に観た事はあるが、さすがにストーリーは完全に忘れてしまっていたので新鮮な気持ちで楽しめた。朝起きたらベッドの上に馬の生首がドーン!の名シーンはさすがに覚えていたが。ラストシーンの扉が閉まるシーンはマーティン・スコセッシの近作『アイリッシュマン』の半開きのドアと呼応する。他者に対し、完全にドアを閉ざし断絶を選んだアル・パチーノは続編でその罰を負う事になるのだ。
4/29
テレワーク。それにしても「体調が悪くなってもまず4日間は自宅療養」という指示を、専門家会議の教授が「そんなつもりで言ったんじゃない」とか今更言い出したのは凄いな。ああ、そうですか。じゃあ誤解していたこちらが悪いんですね、いやー、人の話はちゃんと聞くもんだなあ、まいったまいった…ってなる訳ねえだろ、このボケ!そんな後付けの言い訳で逃げ切れると思ったら大間違いだぞ!というか、その時の判断が間違ってたとか、その時はベストな判断だと思ったが状況が変わってきたとか、他にも言いようがあると思うのだが、なぜこんな人の神経を逆なでする様な言葉しか出てこないのか、本当に疑問。
ゴッドファーザー PARTⅡ』を鑑賞。父親であるヴィトー・コルレオーネの若かりし頃と、後継者である息子マイケル・コルレオーネが絶大な権力を手中に収める過程を並行して描き、過去と現在、それぞれのエピソードの対比させる事によって、1900年代のアメリカの影の歴史とその中で翻弄されていったコルレオーネ一家の運命を浮かび上がらせる…とまあ、誰でも知っている事を書いてもしょうがないのだが、やはり、過去パートにおけるファヌッチ暗殺シーンは素晴らしい。祭りで賑わう街路を歩くファヌッチと、そのファヌッチを屋根伝いに追いかけるロバート・デ・ニーロの姿をクロスカッティングで描くこのシークエンスは、地理的な高低差がその後に起こる惨劇を予感させながら、サスペンスを持続させる。上から下へ、という焦点の移動が暗殺後の武器の後始末でも繰り返される点も含め、まさにお手本の様な流麗さである。
4/30
テレワーク。久しぶりにArab Strapを聴きながら仕事。やっぱり良いなあ…Belle&Sebastianはあまり好きじゃなかったけど、このドローンとしたサウンドがクセになって、当時はよく聴いていた。数年前に再結成を発表したが、その後どうなったのだろうか。
夕方、『ゴッドファーザー PARTⅢ』を鑑賞。1980年代の失敗作続きで窮境に瀕していたコッポラが過去の栄光よもう一度、とばかりに無理やり作った様な面があり、公開当時、批評家の評価もあまり高くなかった。コッポラがやりたかったであろう、マイケル・コルレオーネの贖罪というテーマを最終的には扱いかねた印象が残る。ギャング同士の抗争を描いたパートについても展開が唐突で、前作、前々作の残り物で適当にこしらえた感は拭えない。しかし、この土曜の昼に母親が適当に作った昼飯の様な感じは嫌いではないし、特に、クライマックスのオペラシーンは一見の価値があるだろう。複数の視点を交錯させながら決定的な事態が起こるのを最後の最後まで遅延させ、観客の興味を宙吊りにする。ここまで勿体ぶった演出は今の映画では絶対に無理だろう。
5/1
通常出勤。明日からG.Wだが、連休明けも自宅勤務体制が続く事になった。同僚が「生まれて初めて、早く会社に行きたいと思った」と漏らしていたが、私は逆に自宅勤務体制が終了した後、決まった時間に会社に行き、決まった時間に帰るというこれまでの生活に自分が戻れるのかが不安である。正直、私の日々の仕事はわざわざ会社に行かなくてもできる、という事が図らずも分かってしまった訳だし。今回の事態をきっかけに、人々の暮らしが変容していくのは間違いないだろうし、それでは「ポスト・コロナ」の生活とはどの様なものになるのか、そろそろビジョンを立ち上げていかなくてはならない時期なのだろう。全てが元通りに、なんて事はおそらくあり得ないのだと思う。
周防正行『舞子はレディ』を鑑賞。こんな突飛な事を思いついて、それなりの映画に仕上げてしまうのはさすが周防正行、という感じだが、『Shall we ダンス?』や『カツベン!』同様、その「突飛」さ担保する為、竹中直人に変なキャラクターを演じさせるのはいい加減やめたらどうか。いったい、この手のギャグで未だに笑える人がどれだけいるのだろう、と居たたまれない気持ちになってくる。
5/2
G.W初日。とにかくひたすらゲーム。セールで100円になった時に購入したPS4版「バイオショックコレクション」をプレイ。とりあえず「1」から始めたが、傑作と呼ばれるのも納得の出来である。基本はFPSだが、そこにアドベンチャーゲーム的な謎解き、RPGの成長要素が上手く組み合わされていて、遊びの幅が非常に広い。マップの中にコレクションアイテムが散りばめられているのはよくある話だが、本作はクリアしたステージにいつでも戻る事ができるので、収集要素をコンプリートする為にやりたくもない周回プレイをせずに済む。とはいえ、基本的にFPSの苦手な私は1ステージクリアしただけで疲れてしまい、「あつまれどうぶつの森」に逃げ込む。メーデーチケットを使って行く事のできる島の迷路はなかなか面白かった。この手の遊びをもっと増やして欲しいものだが。
その後、「ザ・ニンジャウォーリアーズ ワンスアゲイン」をプレイし、コンティニューを使いまくって何とかクリアした時には午前1時。

5/3
連休2日目。引き続き、『バイオショックコレクション』で「1」をひたすらプレイ。このゲーム、プレイしている間ずっと敵とか設置してあるオブジェクトから話し声が聞こえてくるので、気が狂いそうになる。攻略サイトをあまり見なくても収集物を手に入れながら進める事ができるので気分良く遊べる。
夕方から、デヴィッド・F・サンドバーグ『シャザム!』を鑑賞。全く期待していなかったが、思いのほか良かった。こうしたスーパーヒーローものが物語の過程で疑似家族を形成していく、というのは『アベンジャーズ』に限らずよくパターンだが、この作品は家族という面にちゃんと向き合って作られているのが分かる。生き別れになった母親と再会した主人公が、別れ際にコンパスを手渡すシーンなど実に上手い。『アナベル 死霊人形の誕生』の監督だそうだが、「死霊館」シリーズを立ち上げたジェームズ・ワン監督の『アクアマン』が全く面白くなかったので、これは思わぬ拾い物だった。この監督がコロナウイルスの影響で自宅隔離中に撮った3分間の短編ホラー『シャドウド(Shadowed)』も鑑賞。これもツボを押さえた作りで上手い。以前に監督したホラー作品『ライト/オフ』とも関連があるとの事でこちらも観てみたい。