事件前夜

主に映画の感想を書いていきます。

イ・サングン『EXIT イグジット』

 

EXIT [Blu-ray]

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  • 出版社/メーカー: ギャガ
  • 発売日: 2020/05/02
  • メディア: Blu-ray
 

韓国で観客動員940万人の大ヒットを記録した本作、ジャンルとしては高層ビルを舞台にしたディザスター・ムービー、という事になるだろうか。まあ、この手の映画は昔から色々ある訳です。『タワーリングインフェルノ』とか、最近では『スカスクレイパー』など、高層ビルで起きた大規模火災が事件の発端となる作品が多いと思うが、本作では火の代わりにテロによる有毒ガスが主人公に襲い掛かる。このガスは比重が軽く、時間が経つとどんどん上昇してくるので、自ずと主人公たちは高いところ、高いところへと登り続けねばならない。そこにサスペンスが生まれる訳だ。もちろん、火だって同じ特性を持っているのだから、基本的な構造はこれまでの火災系ディザスター・ムービーと同じと言って良いだろう。監督、脚本を手掛けるイ・サングンは、そこにひとひねり、ふたひねりを加えていく。
本作は、主人公のカップルを元山岳部員に設定する事で『クリフハンガー』の様な山岳アクションを都会のビル群の中で展開させていく。また、舞台を1棟の高層ビルに限定せず、複数の高層ビルの屋上を渡り歩いて逃げなければならない、という物語上の仕掛けを施し、垂直方向への移動のみならず、水平方向へのパルクール・アクション要素を無理なく導入している。こうした工夫が、映画に立体的な奥行きをもたらし、ありがちなディザスター・ムービーにフレッシュな魅力を与えているのだ。物語そのものは、女にモテない、就職先も決まらない筋肉バカが、失恋相手の女性と力を合わせて困難に立ち向かう事で、ヒーロー性を獲得していく、という非常に分かりやすいものになっているのだが、『スカイスクレイパー』のドゥエイン・ジョンソンや『クリフハンガー』のシルベスター・スタローンの様な筋骨隆々のアクション・スターではなく、チョ・ジョンソクとユナ(ex.少女時代)という、普通っぽいキャストを起用しているので、2人の恋愛模様も含めて、観客は大いに親近感を持って物語に接する事ができる。大ヒットも当然の結果だろう。
個人的に感心したのは、劇中におけるドローンの使い方である。映画の中にドローンが登場する事自体は、今では珍しくもなくなったが、それではドローンを物語上どの様に活かしていくか、という点になると映画界は未だに模範解答を出せていない様に思う。そんな中、本作ではドローンに2つの役割を与えている。ひとつはカメラとして、もうひとつは主人公を助ける小道具としてのそれである。
先に挙げた『スカイスクレイパー』では、家族を救う為に高層ビルを登る主人公の姿がTVで生中継され、衆人の注目を集め熱狂させていく。この様な劇場型アクション映画は数多く存在するが、本作ではTVカメラの代わりにドローンのカメラが主人公を追い、ネットの動画配信によって中継されていくのである。確かに、この方が現代的な設定であるだろうし、そもそも危険の多い災害現場では、TVカメラよりドローンの方が撮影に適してもいるだろう。そして、主人公が絶体絶命のピンチに陥った瞬間、1台のドローンがカメラという立場を超え、積極的に事態に介入する事で主人公を窮地から救う事になる。この展開には、思わず胸が熱くなった。このドローンを操作していたのが誰なのか、劇中では明らかにされない。無数に存在する動画配信者の誰かなのだろう。カメラのこちら側と向こう側で、見知らぬ者同士が意思を疎通し繋がり合う。ネットワーク社会における匿名的なコミュニケーションの有り様をアクション映画としてのストーリーに落とし込んだ本作は、そのキーとなるドローンの活かし方という意味でも、凡百の映画とは一線を画す。実に巧みな脚本である。
それにしても、私も色々と韓国映画を観てきたが、映画の中で古希の祝いのパーティが開かれると、災害が起きたりヤクザが乱入してきたり、だいたいロクな事にならない。韓国人は古希の祝いに何か不吉な臭いでも感じ取っているのだろうか。

 

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シルベスター・スタローンと 『ダイハード2』のレニー・ハーリンがタッグを組んだ山岳アクション映画。脚本は大味だが、ダイナミックな空撮を取り入れた空間設計は、CG全盛の今ではなかなか味わえない臨場感がある。

 

ドゥエイン・ジョンソン主演のディザスター・ムービー。こちらもかなりいい加減な脚本。ディザスター・ムービーに冤罪サスペンスの要素を盛り込んだはいいが、結局どっちつかずの話になってしまっている。