事件前夜

主に映画の感想を書いていきます。

ボー・バーナム『エイス・グレード 世界でいちばんクールな私へ』

 

これは、俺みたいな低PVブログを細々と続けている人間には身につまされる映画だ。

親しい友達の1人もいない、退屈で無味乾燥な学校生活を送っている、要するに俺とかお前みたいな奴らを描いた映画、というのは世の中にたくさんある。おそらく、今どき映画を作ろうなんて考える奴はそんな人間ばかりなんだろう。だから、『エイス・グレード 世界でいちばんクールな私へ』は取り立てて珍しい映画でもない。ただ、そうした孤独感や満たされない承認欲求をSNSや動画配信サービスと結びつけて描いた点に圧倒的なリアリティを感じた。世の中にはスクールカーストなんて言葉があるが、対人関係における階層社会は現実だけでなく、インターネットの世界にも確固として存在し、俺たちを苦しめているからだ。

中学卒業を一週間後に控えた主人公ケイラは、「クラスで最も無口な子」に選ばれるぐらい、周囲に溶け込めないでいる。クラスメイトに話しかけても全く話がかみ合わず、ほとんど空気の様な存在として、ただ時間が過ぎ去るのを待つだけの学校生活を送っている。休み時間も時間を持て余し、楽しそうに喋っているクラスメイトの中で一人ぼっちでいるのが辛いからやたらと廊下の整水器に水を飲みに行く。水をがぶ飲みすればトイレに行きたくなるので、その分だけ時間が潰れて一石二鳥なのだ…いや、こんな場面は映画には無かった。これは俺の学生時代のエピソードだ。

そんなケイラの唯一の心の拠り所は、動画配信サービスに開設した自分のチャンネルだ。ここでケイラは、自分の様な経験をしている同士に向けて、生き方を変える為のヒントを語る。友達を作るには自分の殻を破り、一歩踏み出す事が大切なのだと…しかし、PVは全く伸びない。いくらチャンネル登録を呼びかけても誰も登録してくれない。同じようにアクセス数の少ない底辺ブロガーの俺が言うのも何だが、ケイラの動画チャンネルを誰も観ようとしない理由は明確だ。彼女は、まるで成功体験を語るかの様に動画の中でアドバイスを送っているが、実は自分でもできていない事を自分に向けて喋っているだけで、要するに「モノローグ」に過ぎないのである。だから、アドバイスの内容も「そんな事は分かってるけど、それができないから苦労してんだよ!」と言いたくなる様なものでしかない。自分でも信じていない事を幾ら喋ったって、他者の心には届かないのだ。それにしても、これだけ周囲に心を閉ざした引っ込み思案な少女が、いくらネットの世界とはいえ実名&顔バレで動画配信なんかするもんだろうか…この辺は世代による感性の違いなのか、アメリカというお国柄なのか、俺にはよく分からなかった。

「グッチ~♪」という、これはこれで哀しくなってしまう締めの挨拶で終わる彼女の配信動画の他に、本作ではもうひとつの映像が劇中に挿入される。小学校卒業を間近に控えたケイラが、未来の自分に向けたビデオレターだ。夢と希望に満ち溢れた過去のケイラと現実のケイラの無残な対比が、観ている者の胸を締め付ける。だから俺は、卒業文集とかを後で読み返したりは絶対にしない。過去の自分を裏切ってしまった様な気がして辛くなるんだよ。卒業アルバムも貰った次の日に廃品回収に出した…おっと、また自分の話をしてしまった。

ケイラがどうやって自分を救い出したか、それはラストに挿入されるもうひとつのビデオレター、高校卒業を控えた未来の自分に向けて、現在のケイラが送るメッセージの中に込められている。それは、彼女がこれまで配信してきたどの動画よりも説得力を持って、彼女自身に、そしてスクリーンの前で涙ぐむ俺たちの心に届くだろう。生きている限り、まだまだ俺たちの地獄は続く。それでも、昨日と何も変わらない明日なんて無いんだ。プールの中に潜る様に、息を止めてやり過ごした時間だって決して無駄じゃない。その不器用な足取りが一歩また一歩と自分を、まだ見た事の無い明日へと運んでくれる。そんなメッセージがひしひしと伝わってくる。そう、自分に宛てたビデオレターの中で、ケイラは初めて他者に向けた言葉を獲得し、「モノローグ」から「ダイアローグ」へと舵を切ったのである。

 

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