事件前夜

主に映画の感想を書いていきます。

ジャック・オーディアール『ゴールデン・リバー』

 

ゴールデン・リバー [Blu-ray]

ゴールデン・リバー [Blu-ray]

  • 発売日: 2019/11/22
  • メディア: Blu-ray
 

何とも渋い傑作だ。南北戦争直前の1850年代、ゴールドラッシュで沸き返るオレゴン州を舞台に、ジャック・オーディアールはもはや役割を終えた筈の西部劇を見事に甦らせてみせる。オレゴン雄大な風景をダイナミックな構図で収めたロケーション撮影、主人公が訪れる街それぞれの特色を見事に描き分けたセット、現代においてこれほどの予算と情熱でもって西部劇を撮り上げた事が何よりも称賛に値する。しかし、本作は単に昔の西部劇を現代に再現した、というだけの作品ではない。ここで語られているのは単なるノスタルジーではなく、まさに私たちが直面しているアクチュアルな問題意識なのだ。

「シスターズ・ブラザーズ」=「姉妹/兄弟」と両義的な名を持つイーライとチャーリーの兄弟は、雇用主コモドアの命を受け、科学者ハーマンの行方を追っている。ハーマンは、砂金を発光させる化学式を発見したというのだ。先行してハーマンを追跡するモリスも巻き込みながら、血で血を洗う追跡劇が始まるのだが…

シスターズ・ブラザーズの粗暴な弟、チャーリーは酒乱である父親の暴力に耐えかね、殺してしまったという過去を持つ。彼は父親というものに根源的な恐怖を抱き、自身が家族を作り子供を持つ事を忌避している。喧嘩っ早くすぐにトラブルを起こしては温和で優しい兄イーライに迷惑をかけるチャーリーは、父親になる事を拒否しあくまで子供のままであろうとする存在だ。モリスもまた、父親との確執から家を放逐された身であり、父の死後も遺産を放棄し、コモドアの下で汚れ仕事を請け負っている。彼はやがて、追っていたハーマンと心を通わせる様になり、ホモソーシャルな関係を結んでいく。

ところで、ハーマンの開発した薬品を使えば川床の砂金が容易に、そして大量に採取可能になる。それは金相場における金の供給過多=価値の下落を引き起こす。言わば、金を中心とする原初的な資本主義社会を転覆させようとする、一種のテロ行為なのだ(実際、ハーマンは採取した金を元手に自給自足のユートピア建設を夢見ているが、そこで志向されているのは極めて社会主義的な世界観である)。コモドアが彼を追うのも、金そのものが目的というより資本主義社会の「父」=資本家として、テロル=「子から父への反逆」を阻止しようとするからではないか(チャーリーがコモドアを殺害し、その後釜に座ろうと目論むのは「父殺し」への潜在的な欲望である)。

本作は、過去の西部劇で称揚されてきた「父」を中心とした価値体系にいかに男たちが倦み疲れ果てたかを描いている。劇中では腐乱した肉体に蝿がたかり悪臭を放つ場面が何度も挿入されるが、それに象徴される様に、「父」はもはや「死」を宣告された存在に過ぎないのだ。資本主義の資本家であろうと、社会主義の指導者であろうと、私たちの世界から既に「父」は失効している。父無き世界を彷徨する彼らの行く末は映画を観て頂くとして、それが胎内回帰的=「母」的な結末である事は論を待たない。あまりに自閉した、ほとんど後退としか思えない結論だが、それこそがまさに世界が今直面している現実なのである。

 

あわせて観るならこの作品

 

預言者 [DVD]

預言者 [DVD]

  • 発売日: 2012/07/06
  • メディア: DVD
 

第62回カンヌ国際映画祭審査員特別賞受賞作。フランス版『死の家の記録ドストエフスキー)』とでも言うべき監獄映画の傑作。ドライなタッチのフィルムノワールでありながら、登場する悪党がみんな無邪気でほほ笑ましい、という点は本作と共通している。