事件前夜

主に映画の感想を書いていきます。

イ・チャンドン『バーニング 劇場版』

 

バーニング 劇場版 [Blu-ray]

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これは、メタファーに取り憑かれた人々の物語である。

主人公ジョンスンの前に現れた男ベンは、自分には打ち棄てられたビニールハウスに火を点け、燃やす趣味があると打ち明ける。ジョンスは、音信不通となった女友達のヘミをベンが殺し、殺人の告白の代わりにビニールハウスという比喩を持ち出したのだと考える。なるほど、本作では韓国の若者たちが抱える閉塞感、自分が何者なのか分からないまま、享楽的に生きるしかない人々の姿がリアリティをもって描かれており、そうした人々をいつしか朽ちてしまうのを待つだけのビニールハウスに例える事もできるだろう。量販店の前でミニスカートをはいて踊るヘミは、資本社会で使い潰されていく商品でしかない。ベンは、用済みとなった商品を次々と廃棄する、大量消費社会を体現した存在なのである。

一方、行方不明になる前、ヘミは子供の頃に井戸へ落ちた事、それを助けてくれたのがジョンスだったと語る。しかし、ジョンス自身にその様な記憶は無く、周囲の人々に確かめてもそもそも井戸の存在すら否定されてしまうのだ。ならば、そもそもヘミなどという女が存在したのかどうかも疑わしくなってくる。先程の挿話から推しはかるなら、ヘミはジョンスの深層心理、井戸=イドから生まれた幻想かもしれないのだ。イドは欲望の貯蔵庫であり、快楽原則に従って快を求め、不快を回避する役割を持つ。ヘミは(おそらくは童貞である)ジョンスに手ほどきしながら、性行為へと誘う。それは、男にとって性的に理想化された女なのだ。

こうして、1人の女を挟み2人の男が互いのメタファーを押し付けようとする。片方はいつでも交換可能な消費物として、もう片方は愛という名の下に専横すべき対象として。女はだから、自らを緊縛する全てを脱ぎ捨て、黄昏の空の下に飢え、求め、踊らねばならない。自らの魂が鳥のように羽ばたき、男達の視線に絡めとられた身体が消失するその時まで。

 

あわせて観るならこの作品

 

バーニング HDリマスター版 [Blu-ray]

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映画の冒頭とラストで2回も火だるまになる男の悲劇を描いた歴史的傑作。イ・チャンドンはこの作品から影響を受けたに違いない。嘘です。

 

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村上といえば春樹だけじゃなく龍もいるぞ!という意味で勧めたい。観た事ないけど。