事件前夜

主に映画の感想を書いていきます。

スパイク・リー『ブラック・クランズマン』

 

 

アカデミー作品賞を惜しくも『グリーンブック』に奪われた『ブラック・クランズマン』だが、どうやらスパイク・リーは『グリーンブック』をあまり気に入っていないらしい。その理由については具体的に語ってはいないが、両方の作品を観た後で私なりに想像すると『グリーンブック』は結局「寓話」じゃないか、という想いがあるのかもしれない。もちろん、『グリーンブック』は『ブラック・クランズマン』と同じく、実話を元にした映画である。潜入捜査ものというジャンル映画的側面を強調した分、もしかすると『ブラック・クランズマン』の方がフィクション寄りなのかもしれない。しかし、そこは問題ではないのだ。

過激な題材をいくつも扱ってきたとはいえ、基本的にファレリー兄弟はハリウッドの伝統的な映画スタイルを守り続ける事で多くの観客を獲得してきた。そこに思わず眉をひそめる様な下ネタや差別ギャグが盛り込まれていたとしても、映画の構造そのものを揺るがせる事はない。『グリーンブック』が同じアカデミー作品賞を受賞した、フランク・キャプラの『或る夜の出来事』を念頭に置いて作られたのは間違いないだろう。寓話とは、風刺や処世訓(内容)を他の事物(形式)によって例えた物語を指すが、この場合の内容と形式はいくらでも交換可能である。『グリーンブック』の人種問題とは、交換可能な意味での「内容=題材」に過ぎないのである。

風と共に去りぬ』や『国民の創生』で差別的に描かれる黒人たちと、数多のブラックスプロイテーション映画の黒人ヒーローは、人種問題を交換可能な「内容=題材」として扱っている点で同じなのだ。一方に、映画史に根差した確固たる「形式=映画技法」があり、一方にそこに盛り込まれるのを待っている「内容=題材」がある。それらを自由に組み合わせる事で、映画はいくらでも量産できてしまう。『国民の創生』が侮れないのは、D.W.グリフィスが「内容」を語ると同時に、その後の全ての映画を縛る「形式」を発明しているからである。そのいらだちを、スパイク・リーは隠そうともしない。『ブラック・クランズマン』もまた、劇映画の体裁を有している以上この寓話性から完全に逃れる事はできないのだ。

このグリフィスの呪いを解き放つには、既存の「形式」を「内容」から食い破らねばならない。『ブラック・クランズマン』の最後に挿入される映像は、形式を食い破った先にあるものをわずかにでも指し示そうとする渾身の身振りである。

 

あわせて観るならこの作品

 

ドゥ・ザ・ライト・シング [Blu-ray]

ドゥ・ザ・ライト・シング [Blu-ray]

  • 発売日: 2018/11/07
  • メディア: Blu-ray
 

ここで描かれる、イタリア系移民と黒人の間にある根深い対立を見れば『グリーンブック』の関係性を欺瞞的だとするスパイク・リーの主張にもうなずけるものがある。

 

國民の創生 【淀川長治解説映像付き】 [DVD]

國民の創生 【淀川長治解説映像付き】 [DVD]

  • 発売日: 2014/11/28
  • メディア: DVD
 

劇中でも引用される呪われた傑作。偏見に満ちた内容でありながら、クロス・カッティングやカット・バック、フェード・イン/アウトといった全く新しい手法を駆使して、現代映画の手本となった。この作品を観ると、誰もが黒人は野蛮で暴力的な人種なのだと思ってしまうだろう。それはストーリー云々よりも、D・W・グリフィスの演出があまりに見事で映画の中に引き込まれてしまうからだ。