事件前夜

主に映画の感想を書いていきます。

デイヴ・マッカリー『ブリグズビー・ベア』

 

幼少時に誘拐され、監禁生活を続けていた主人公が25歳になって遂に解放される。まるでレニー・エイブラハムソン監督『ルーム』の様な設定だが、本作はここから思わぬ方向へと舵を切っていく。

狂った誘拐犯は、外部からの情報を一切シャットダウンし、自身が作り上げた疑似科学的世界観の下で少年を育てていた。その中心的役割を果たしたのが、でっち上げの幼児番組「ブリグズリー・ベア」である。この偽番組に多大な影響を受け、生粋の「ブリグズリー・ベア」オタクとなった主人公が警察に救出された後、どの様に現実と折り合いを付けていくか、という点が本作のテーマとなっている。
80年代のVHS映像を模したこの「ブリグズリー・ベア」が非常に魅力的に描かれている点こそ、本作の成功の要因だろう。この番組映像が動画サイトにアップされ、やがて多くの人々の支持を得ていく事が、主人公をひとつの目的―「ブリグズリー・ベア」など存在しない世界で、同作の続編映画を製作する―へと駆り立てていく。不細工な熊が大活躍するこの奇妙なスペースオペラが人々を惹きつけて止まないのは、たまたま誘拐犯に創作の才能があっただけでなく、この番組のたったひとりの受け手である少年を楽しませたい、という「父親」としての想いが込められていたからだ。

「ブリグズリー・ベア」の物語は、単に作り手の価値観を一方的に押し付ける為に作られたのではない。極悪非道な振る舞いを行った誘拐犯を、私たちが最後まで憎みきれないのは、作中作を通じて彼の誠実さが伝わってくるからだろう。フィクションには人を癒し、鼓舞する力がある事を本作は示している。○○の科学が毎年作るクソ映画にも、こうした誠実さがあれば観客動員も増え、信者も増大するのではないかと思った。